壁と思われていたのは、扉だった。
扉の奥には短い通路になっていて、その奥に驚くほど大きな空間が広がっている。
はたして
装置が正しく起動したことで、中には明かりが灯っていた。
空間には棚がずらりと並んでいる。
特筆すべきは棚の長さと高さだろう。
それこそコンテナをいくつも積んだ海辺の倉庫のように、崩れれば大惨事が起きそうなほどに高く、そして長く奥まで箱が積まれていた。
一体どれほどの品がこの場所に残っているのか、ひと目見ただけでは掴めない。
「これは……もしかして丘全部が倉庫なのかもしれません。もともと丘だったんじゃなくて、古代から風に土が運ばれて、自然と小高い丘になったんでしょうか」
「信じられない規模の話ですわね……」
マリエルの推測に、クローシェが唖然と答える。
ふたりとも突然の事態を前にうまく飲み込めず、どう対応するべきか悩んだ。
特にショックが大きかったのがマリエルだ。
自分たちの領地にこのような遺跡が残っていたことを、今の今まで把握していなかった。
これがあれば、知っていれば。
あらゆる可能性が頭に浮かぶが、すでに全ては遅きに逸している。
「……こんなところに古代都市の遺物が残ってたなんて」
「領主の一家でも知られてなかったんですの?」
「まったく。お父様もお祖父様も知らなかったはずです。というか、知っていたら何が何でも発掘していたでしょうし、領地を手放す必要もなかったはずです……。ちゃんと起動して、クローシェ、もしかしなくても大手柄ですよ!」
「おひょ? お、オーホッホ! と、当然ですわ? オーホッホッホッ!」
クローシェが高笑いを上げた。
災い転じて福となす。
そして人生万事塞翁が馬。
倉庫から静かな駆動音とともに、人形じみた物が現れた。
「――ホ……?」
『不審者を発見。ただちに退去してください。要求に従わない場合、強制的に鎮圧、排除します。繰り返します。ただちに退去してください』
「な、なんだこいつ」
「ちちち、近寄ってはなりません……っ! 古代遺跡のガーディアンですわ!」
好奇心にかられて近づこうとしたスウェルを、クローシェが慌てて制止する。
その声の響きの真剣さに、スウェルはビクっと体を震わせて、足を止めた。
「うっ、整備も問題なさそうなガーディアンが二体。奥にも相当数いそうですわね……」
クローシェは即座に敵の戦力を見積もって呻いた。
たらり、と汗が吹き出て流れる。
耳がピンとたち、尻尾が膨れて警戒態勢に入っている。
現在でも高い技術を持つ錬金術師は、魔力で動く守護者を創る。
だが眼の前のソレは、遥かに高度で強力、かつ精密だった。
つるりとした金属製の表面は、あえて人の形を模して作られているが、超硬度をもつ貴金属でできている。
目の部分には無色透明のレンズがはまり、光学的、魔学的にクローシェたちを的確に捉えていた。
クローシェが大きな声で叫んだ。
「わたくしたちはすぐさま退去します! 侵入も交戦の意思もありませんわ!」
『承知しました。すぐに敷地内から出てください』
「クローシェ……?」
「マリエルさん、古代遺物のガーディアンは対話が可能ですの。こちらがすぐに退去することを告げれば、戦闘を回避できる公算が高いですわ」
「そうなんですね」
マリエルが頷いて、言葉を聞いていたためすぐに移動を始めた。
スウェルは突然の事態の推移をまだ飲み込めていない。
「マリエルさん、そこのあなたもすぐに移動してくださいな。話が通じそうで良かったですわ」
神代から現代まで、異世界においては神の言葉があるため、言語の移り変わりは非常に緩やかだ。
新しい言葉は日々生み出されているし、時に移ろうこともあるが、不変の言葉もまた多い。
古代都市の防衛装置の言葉を聞き取れ、対話できたのは僥幸だった。
ほっと胸を撫で下ろしながらも、クローシェは警戒を怠らない。
ガーディアンの強さは一族内で厳しく言い聞かされていた。
足早に古代遺跡から立ち去れば、すくなくとも戦闘の危機は回避できそうだ。
この遺跡を掌握するために再度侵入する日が来るとして、それは自分たちではなく、領地の代官なり、王都から呼ばれた部隊の仕事だ。
そう思っていたその時。
――――どこからともなく矢がガーディアンに打ち込まれた。
空を切り裂いて進んだ矢が、ガーディアンに当たり、その装甲によって弾かれる。
想定外の事態にマリエルもスウェルも、そしてクローシェも目を見開いて、一瞬動きが止まった。
騎士の訓練を受けていたというスウェルが、矢の打ち込んだ場所を探す。
クローシェも鼻を利かせようとした。
「は? え? ど、どこから矢が!?」
「クローシェ?」
「わたくしではありませ……っ!? すぐに離れなさいっ!!」
出口間際まで来ていたため、クローシェが鬼気迫る響きでマリエルたちの退避を命じる。
それまで静かに背に待機していたガーディアンの目が怪しく光った。
『交戦の意思あり。強制的に排除します』
ガーディアンの声が冷ややかに響き渡った。