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第64話 ハノーヴァー騒動3

 壁と思われていたのは、扉だった。

 扉の奥には短い通路になっていて、その奥に驚くほど大きな空間が広がっている。


 はたしてソコ・・がまともに稼働したのはいつぶりであろうか。

 装置が正しく起動したことで、中には明かりが灯っていた。


 空間には棚がずらりと並んでいる。

 特筆すべきは棚の長さと高さだろう。


 それこそコンテナをいくつも積んだ海辺の倉庫のように、崩れれば大惨事が起きそうなほどに高く、そして長く奥まで箱が積まれていた。

 一体どれほどの品がこの場所に残っているのか、ひと目見ただけでは掴めない。


「これは……もしかして丘全部が倉庫なのかもしれません。もともと丘だったんじゃなくて、古代から風に土が運ばれて、自然と小高い丘になったんでしょうか」

「信じられない規模の話ですわね……」


 マリエルの推測に、クローシェが唖然と答える。

 ふたりとも突然の事態を前にうまく飲み込めず、どう対応するべきか悩んだ。


 特にショックが大きかったのがマリエルだ。

 自分たちの領地にこのような遺跡が残っていたことを、今の今まで把握していなかった。


 これがあれば、知っていれば。

 あらゆる可能性が頭に浮かぶが、すでに全ては遅きに逸している。


「……こんなところに古代都市の遺物が残ってたなんて」

「領主の一家でも知られてなかったんですの?」

「まったく。お父様もお祖父様も知らなかったはずです。というか、知っていたら何が何でも発掘していたでしょうし、領地を手放す必要もなかったはずです……。ちゃんと起動して、クローシェ、もしかしなくても大手柄ですよ!」

「おひょ? お、オーホッホ! と、当然ですわ? オーホッホッホッ!」


 クローシェが高笑いを上げた。

 災い転じて福となす。


 そして人生万事塞翁が馬。

 倉庫から静かな駆動音とともに、人形じみた物が現れた。


「――ホ……?」

『不審者を発見。ただちに退去してください。要求に従わない場合、強制的に鎮圧、排除します。繰り返します。ただちに退去してください』

「な、なんだこいつ」

「ちちち、近寄ってはなりません……っ! 古代遺跡のガーディアンですわ!」


 好奇心にかられて近づこうとしたスウェルを、クローシェが慌てて制止する。

 その声の響きの真剣さに、スウェルはビクっと体を震わせて、足を止めた。


「うっ、整備も問題なさそうなガーディアンが二体。奥にも相当数いそうですわね……」


 クローシェは即座に敵の戦力を見積もって呻いた。

 たらり、と汗が吹き出て流れる。


 耳がピンとたち、尻尾が膨れて警戒態勢に入っている。


 現在でも高い技術を持つ錬金術師は、魔力で動く守護者を創る。

 だが眼の前のソレは、遥かに高度で強力、かつ精密だった。


 つるりとした金属製の表面は、あえて人の形を模して作られているが、超硬度をもつ貴金属でできている。

 目の部分には無色透明のレンズがはまり、光学的、魔学的にクローシェたちを的確に捉えていた。


 クローシェが大きな声で叫んだ。


「わたくしたちはすぐさま退去します! 侵入も交戦の意思もありませんわ!」

『承知しました。すぐに敷地内から出てください』

「クローシェ……?」

「マリエルさん、古代遺物のガーディアンは対話が可能ですの。こちらがすぐに退去することを告げれば、戦闘を回避できる公算が高いですわ」

「そうなんですね」


 マリエルが頷いて、言葉を聞いていたためすぐに移動を始めた。

 スウェルは突然の事態の推移をまだ飲み込めていない。


「マリエルさん、そこのあなたもすぐに移動してくださいな。話が通じそうで良かったですわ」


 神代から現代まで、異世界においては神の言葉があるため、言語の移り変わりは非常に緩やかだ。

 新しい言葉は日々生み出されているし、時に移ろうこともあるが、不変の言葉もまた多い。


 古代都市の防衛装置の言葉を聞き取れ、対話できたのは僥幸だった。


 ほっと胸を撫で下ろしながらも、クローシェは警戒を怠らない。

 ガーディアンの強さは一族内で厳しく言い聞かされていた。


 足早に古代遺跡から立ち去れば、すくなくとも戦闘の危機は回避できそうだ。

 この遺跡を掌握するために再度侵入する日が来るとして、それは自分たちではなく、領地の代官なり、王都から呼ばれた部隊の仕事だ。


 そう思っていたその時。



 ――――どこからともなく矢がガーディアンに打ち込まれた。


 空を切り裂いて進んだ矢が、ガーディアンに当たり、その装甲によって弾かれる。

 想定外の事態にマリエルもスウェルも、そしてクローシェも目を見開いて、一瞬動きが止まった。


 騎士の訓練を受けていたというスウェルが、矢の打ち込んだ場所を探す。

 クローシェも鼻を利かせようとした。


「は? え? ど、どこから矢が!?」

「クローシェ?」

「わたくしではありませ……っ!? すぐに離れなさいっ!!」


 出口間際まで来ていたため、クローシェが鬼気迫る響きでマリエルたちの退避を命じる。

 それまで静かに背に待機していたガーディアンの目が怪しく光った。


『交戦の意思あり。強制的に排除します』



 ガーディアンの声が冷ややかに響き渡った。

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