「着いた……な」
「はい。あれがうちの領地の領都です」
あっさりと。
本当にあっさりと、ハノーヴァー領に到達してしまった。
最初は警戒して周囲に気を張り詰めていた渡も、領境を越える頃にはかなり緊張も解け、慣れない乗馬ということもあって、そちらに意識が奪われていた。
ハノーヴァー領は、王国全体ではほとんど東端の領土の一つだ。
その中でも西寄り、すなわち王都寄りに位置するハノーヴァーの領都に着く頃には、クローシェは背筋を反るほどに伸ばし、騎乗の揺れで自慢の巨乳をバインバインと揺らして鼻高々という態度だった。
正直ドヤうざい。
「オーホッホッホ! 完・全・勝・利! ですわ! ぱーふぇくつ!」
「……盗賊団の気配のかけらもなかったな。あの不安はなんだったんだか」
「わたくしの自慢の鼻にかかれば、盗賊団など十数キロ先に潜んでいても、必ず察知してみせますの! まったく、わたくしの運のせいで遭遇するなんて疑惑は、本当に失礼ですわ!」
「悪かったって」
「どうせ主様も、お姉様も、
クローシェがビシッと指を立て、渡を、エアを、そして順々に指さしていった。
まさにその通りなので、返す言葉もなかった。
むううう、と頬を膨らませたクローシェの姿は、本当に可愛い。
絵になっている。
思わず見惚れていると、クローシェがじろっと渡を睨んだ。
「わたくしは、たしかにチョッとだけ運が強い方ではないかもしれませんけど」
「チョッと? メチャクチャ弱くない?」
「お姉様! 話の腰を折らないでくださいまし」
「ゴメンゴメン」
「コホン、チョッとだけ運が強い方ではないかもしれませんけど、盗賊団と出会うかどうかに運は関係ありません。斥候働きとして道の安全性をしっかりと探査すれば、避けることなど造作もありませんのよ」
「……そうか。運否天賦じゃなくて、技術や能力の問題だったか。貸馬屋の店主の話を鵜呑みにしてしまったな」
「もう……わたくしだって役に立とうと頑張ってますのに」
「すまん。この通りだ」
渡は頭を下げた。
口をとがらせて不満そうにするが、クローシェの気持ちももっともだと思う。
誰だって自分を疑われれば、気持ちのいいもんじゃない。
渡は無意識の内にクローシェを疑ってしまったことを恥じた。
「口では信頼すると言いながら、クローシェのことを疑ってしまった。俺は自分が恥ずかしいよ。これからはクローシェが言うなら火の中でも矢の中でも突っ込んでいくつもりだ、遠慮なく案内して欲しい」
「えええええっ!? そ、それはそれで……(チョッとそこまでの自信はありませんけど……ああ、この信頼した目を前に否定するのも難しいですわ……!!)」
ゴニョゴニョとクローシェが言葉を濁したが、渡はまっすぐにクローシェの目を見たまま逸らさない。
逆にクローシェの円らな瞳がキョトキョトと落ち着かなく、目が泳ぎだした。
ダラダラとクローシェが汗を掻く。
「わ、わたくしの意見だけでなく、お姉様やステラさんの意見と複合的に判断するべきですわ! そちらの方が万が一の見落としもありませんし、お、オホホホホ!」
「あ、逃げた。まあ、アタシの耳とか、直感もバカにはならないと思うよ」
「いや、クローシェの言うとおりだな。できるだけみんなの意見を参考にしながら、決断は俺が下す。まあ不甲斐ない主人だけど、勘弁してくれ」
主人として未熟なのは先程思い知ったばかりだ。
というか、渡はもともと自分の能力はさして高いほうだと思っていない。
本当にリーダーシップがあったり、能力が高ければ、別の道を歩んでいただろう。
そういう意味では、今回は大きな事故を起こすこともなく過ちに気づけたのだから、運が良かった。
ハノーヴァーの町の門で手続きをしていると、門衛の男がマリエルに気づいた。
「あれ、マリエルのお嬢さん! 少し見ない内に大きくなって! それにずいぶんとべっぴんになって、見違えちまった! 帰ってきたのかい!」
「なに、マリエルちゃんが帰ってきた!? 本当か? うわあ、本当だ! 元気そうだな良かった良かったでえ!」
「おい、上官呼んでこいさ! マリエルちゃんが
どのように受け入れられるのか、と悩んでいたのだが。
まさか門を潜る時点で歓迎されるとは思ってもいなかった。
「みなさん……本当に、私を……?」
マリエルの顔をちらっと見れば、彼女は怜悧な美貌を今は驚きに口を震わせて、うっすらと目を潤ませていた。
渡は優しくマリエルの肩に手を置く。
マリエルは小さく体を震わせて、嗚咽を漏らす。
堪らえようとしていたマリエルの目尻からつうっと、涙が雫となって流れた。