時と空間の回廊に設置されていた扉、無数に枝分かれするゲートの一つに潜り込んだ次の瞬間には、渡の視界は切り替わっていた。
祠の中は下草が茫々に生え、足元が悪い。
ぐるりと囲む壁にはシダ植物のような蔓と葉がビッシリと埋まっていて、視覚的に埋もれた感覚がした。
古代都市のときほどおかしさは感じないが、利用者がおらず管理されていないのは間違いなかった。
渡の後からゲートを飛び出してきたラスティは、現状を見てひどくショックを受けているようだった。
口を手で押さえ、分かりやすく狼狽えていた。
「これはひどい環境です。まさかこんな祠があるなんて。本山に進言します」
「王都のゲートもあまり人の手が入ってない感じでしたけど、難しいんですか?」
「はい……。ゲートを利用できる信徒が少ない上、経営があまり芳しくないので……お恥ずかしい限りです」
「ああ、いえ。そんな気にしないでください」
教会運営に人を割かざるを得なくなり、大切なゲートの維持管理にも手が回らない。
だが、このゲートの利便性は随一で、商品を右から左に動かすだけでも相当な利益が生まれるというのに、貧困に喘いでいるのは少し不思議だった。
信徒はなぜ利用しないのか。
あるいは戒律などで定められているのか。
その辺りに深く突っ込むことは、部外者の渡には難しい。
ラスティ、あるいは王都の教会を通じて、寄付を続けることが一番波風を立たない支援になるだろう。
「まあ王都周辺のゲートだけでも、維持管理してもらえると嬉しいですかね」
「はい。わたくしめも最近は行う余裕が出てきましたので、時折掃除をしています」
「あ、なるほど。それであんなに綺麗だったのか」
今日も王都のゲートを使って時と空間の回廊に向かったのだが、王都の祠はずいぶんと綺麗に手入れされていたのだ。
渡が水を向けなければ気づかなかったが、ラスティは教会の務めをこなしながらも、別にやることをやっているようだ。
自分のしたことを誇らない態度は好ましかった。
「どこだろうな、ここ……」
「主、とりあえず歩いて表通りに行こう。どっちにしても裏通りに居続けるのは良くない」
「ああ、分かった。マリエルとクローシェはいつもどおり護衛を頼む」
「ご主人様、私が前に立っていいですか? もしかしたら分かるかもしれません」
「ああ、頼む」
これまでの経験で分かったことは、ゲートの位置は基本的に表通りには設置されていないことだ。
街の中心地の、ほんの少しだけ外れに設置されている。
人通りを妨げないように、あるいは防衛などを考えての都市設計なのだろう。
ゾロゾロと歩いて、表通りに出る。
「ここ、もしかして。……やっぱり! 私、見た覚えがあります……!」
「本当か?」
「はい、ここは多分ランブル家の領地ですね」
「ランブル家……?」
「王立学園で再会した、私の友達の子の領地です」
「ああ、司書のライブラリアン補佐とかいってた」
「そうですそうです! 王国領屈指の織物名産地なんですよ」
マリエルが懐かしそうに町並みを見渡した。
国内の総生産の七割を占めていて、国外にも輸出している。
国中の布はここから生まれるなどとも言われていた。
南船町と比べてどちらが発展しているだろうか。
パッと見た印象では、とにかく長屋が多い。
店先にはたくさんの布や織物が並べられていて、渡は道具屋市を連想した。
色違い、サイズ違い、そして材質違いで、布地が数十・数百万種と存在している。
同じ白のタオル地だけでも「白って二百色あるねん」状態だ。
似たような商品があまりにも数多く並べられているせいで、じっくりと見ないと、どれが欲しいものかすら分からず、探すのに一苦労しそうだった。
それでも時間さえかければ、本当に自分が求めていた一品に出会える可能性のある町だと思った。
とにかく織物の職人の店がずらああっと並んでいる。
職人たちは一階で商品を売ったり生産し、二階や三階で生活するというスタイルだ。
おそらく職人区画を集めて、日用品などは別の区画で買うのだろう。
分かりやすい職人通りを見て、マリエルが確信した。
「やっぱり間違いありません」
「場所が確定したのは助かるな。たしか……マリエルの故郷とは隣接してるんだったっけ?」
「はい、そうですね。……ただ、どうしたんでしょう。前に見たときよりも少し活気がないような気がします」
「これで……?」
先程からたくさんの商人が忙しく行き来している。
荷馬車もたくさん通って、賑わっているのは間違いなかった。
「ええ。今も行商人の人は多いですけど、私が前に訪れた市の時は、それこそ前に進むのも大変なぐらいで……。こうして皆さんと一緒に歩くなんてものすごく大変なぐらいだったんですよ」
日本のお正月の住吉大社さんみたいですね、とマリエルは言った。
多少誇張が入っているとは思われるが、三大住吉の一つであり有数の参拝客が集まる正月の住吉を例に出すぐらいには、混雑するようだ。
一体どういうことだろうか。
人通りが減るというのは、あまり良くない兆候だ。
景気が悪くなる何らかの理由。
そういえば、前に東に向かうならば気をつけろとモイーが警告していたような……
「あんた知らないのかい? 最近、この近くで盗賊が出るらしいんだよ」
「と、盗賊ですか!?」
「そんな…………」
マリエルが顔を真っ青にさせた。
明らかに何かを知っていそうなオバちゃんの落ち込んだ姿は、言葉以上に事態は深刻なのだと雄弁に告げていた。