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第57話 ラスティの同行

 知らないゲート先に行くならば、時と空間の神ゼイトラムに仕える信徒がいたほうがいい。

 言われてみればなるほどと納得する話を聞いて、渡たちは一度王都にやってきた。


 教会に赴いて事情を説明するところまでは良かった。

 ラスティは穏やかな態度で深く頷いてくれ、同意を示す。


 だが、いざ同行者を選ぶという時になって、まさかラスティ本人が来るとは思わなかった。


「これも神のお導きですね。わたくしめにできることでしたら、何でもご協力いたします」

「ラ、ラスティさんがですか?」

「はい。ワタル様に神字を教えたのもわたくしめですし、ゲートの維持管理ならピッタリの人選だと自負しております」

「しかし長旅になりますし、徒歩でかなり移動してもらったり、道中の安全も確実ではありませんよ?」

「ワタル様のお供ができるならば、どのような艱難辛苦も障害とはなりえません。地の果て、空の果てまでご一緒いたします。あらゆる困難もワタル様と一緒なら光栄です」


 かけらの冗談の素振りさえ見せずに言うものだから、あまりの真剣さに渡は慄いた。

 重い……この女性、ちょっと重すぎる……!!


 渡は助けを求めるように周りを見た。

 だが、マリエルは微笑を保ったままわずかに首を横に振るし、エアはとっくに口笛を吹いて知らぬ顔。


 クローシェはあわわ、とドン引きしているし、ステラに至っては深く感心した様子でうんうんと頷いて同意している。

 た、頼りにならねえ……!


「わたくしめが行きます」

「いや、でも」

「行きますから」

「でもラスティさん、助祭から司祭になったんですよね? お勤めがあるんじゃ」

「神のお告げを受けたのです。ワタル様の役に立つ。これ以上に優先することはありません」


 ラスティの目は微動だにしない。

 あ、これはダメだ。覚悟ガンギマリの人だ。


 おそらく渡がどれだけ言葉を尽くして説得しようとしても、ラスティの意思は変わらないだろう。

 場合によってはむしろ関係性が拗れるまである。


 というか、無視して移動しようとしたら後をついてくるんじゃないだろうか。


 ゼイトラム神は渡にとって現在の繁栄の源であり、その意向は無視できない。

 それに、単に立場の問題を憂慮しているだけで、渡個人としてはラスティの同行が嫌なわけではないのだ。


 というか、知らない人よりも世話になっているラスティのほうが気安いまである。

 この教会の運営に支障がないというなら、同行を断る理由もない。


 活動費は寄付した渡の財布から出ているわけだが、今の稼ぎを考えれば人が一人増えた所で、大した負担ではなかった。

 むー、と不満そうにする赤錆色の瞳が、渡を見つめている。


 ちょっと拗ね方が可愛いな、この人。


「……はあ。分かりました。では道中よろしくお願いします」

「はい、任されました! ゲートの維持管理はお手の物です」


 ニコッと笑みを浮かべるラスティの態度の急変には苦笑いしか出てこない。

 最初から退路などなかったのだろう。


「それに、あまり新人には任せられない仕事なんですよ。神字を扱えるのは一部の者に限りますので」

「ああ、なるほど。そういうことも考えないといけないんですね」

「はい。清掃とかだけでしたら、わたくしめでなくても良いのですが。初めて使うゲートの管理、という目的でしたら、わたくしめが適任かと」

「そこまで配慮していただけてたんですね」

「ええ。けっしてわたくしめがワタル様の側でお仕えしたいなどとは考えておりませんので、ご安心ください」

「ははは……、そうですか」


 ははは……。

 ニッコニコしながら旅の準備を急いで整え始めたラスティの姿を見て、渡はこっそりと溜息を吐いた。


 ただでさえ濃いメンバーなのに、さらに一人増えたぞ。




 時と空間の回廊に来た回数は多くない。

 だが、たとえ何度来てもこの不思議な空間には慣れることはないだろう。


 時の流れや空間が曖昧なこの場所は、その時々によって姿形を変えてしまう。

 初めて見るラスティにとっては、より大きな驚きだったに違いない。


 言葉を失って辺りを見回していた。


「ここが時と空間の回廊、ですか……」

「ラスティさんはここに来るのは初めてですか?」

「はい……。ワタル様は普通に訪れておりますが、信徒でもこの場に来れるものは歴代の司教主教でもまずいません。本当はワタル様はこの事を以て列聖されてもおかしくない業績なのですよ」

「ははは……そんな大層なことをしている自覚はありませんけどね」


 プロガノ・ケリスに挨拶をしようと思ったのだが、不思議なことに彼の姿がなかった。

 あるいはこの延々と続く回廊のどこかにいるのかもしれないが、宛もなく探しに行くのもそれはそれで怖い。


 渡たちは目的の扉に向かった。


 扉を一つ間違えれば、まったく違う場所に着いてしまう。

 そう思うと、不用意に開けて潜るのは少し不安だった。


「ここが前に教えてもらった場所で間違いない……な?」

「はい、ご主人様の見ているもので間違いありません」

「よし。それじゃあ行くぞっ!」


 自分の確認と、マリエルの再確認があればまず間違いないはずだ。

 ゲート迷子にならないように気をつけ、あとは覚悟を決めてゲートへと身を乗り出した。


 さあ、ハノーヴァーに行くぞっ!


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