ずっと蹲踞の姿勢のまま耐え続けているクローシェは、いよいよ頬を上気させて、哀れみを誘うように潤んだ瞳を渡に向ける。
クローシェは、尻尾を振りながら鳴いていた。
だが、そんな姿を前にしながら、渡は気にせずに報告を続ける。
よだれに濡れたシャツがへばりつき、肌が透けて見えた。
ここはむしろ、さらし者にして、放置しておいた方が良い。
報告すべき内容があるのは、エアとクローシェたちだけでなく、時と空間の回廊に赴いた渡たちにもあった。
渡はかいつまんで、手に入った情報を共有し始めた。
マリエルの故郷であるハノーヴァー領は、今や王国領となっていて、代官が置かれて領地持ちの貴族がいない。
貴族が泣く泣く土地を手放すぐらいに採算の取れない領地である。
土地持ちになりたい、と願う貴族たちであっても、おいそれと手が出せる領土ではなかった。
そして金満な、あるいは広い領土を持つ貴族たちにとってすれば、わざわざ手を伸ばすほどの価値もない、という微妙な価値しかない。
「そんなハノーヴァーに比較的に近い場所に、ゲートがあることが分かった」
「どうやって分かったんですか?」
「プロガノ・ケリスさんに教えてもらったんだ。あと、すまんがエアの煮干しを代わりに全部渡してしまった」
「ンニャー!? な、なんで!?」
「あの人亀だからか、煮干しを欲しがって。……これを全部くれたら教えてやるって言い出したもんだから、断れなかった。すぐに買うから許せ」
煮干しはエアの大好きなおやつなのだが、手元にある分はすべて渡してしまった。
家の中にも在庫がない。
暇さえあればボリボリと噛み締めていたエアだから、ショックなのはたしかだろう。
少し涙目になっていた。
「コンビニでチーかまを買ってきたから許してくれ」
「しょうがないなあ……! もうっ!」
ぶわっと尻尾が膨れて、目の瞳孔が変わるエアの姿は少し怖かった。
が、なんとか許してくれた。
なお、ゲートがハノーヴァーに近いとは言っても、片道で二十キロ弱の距離がある。
だが、南船町から王都に向かい、そこから東に陸路で向かうことを考えれば、とんでもない短縮になった。
徒歩で向かうならともかく、騎乗して移動すれば日帰りも可能な距離と言えた。
基本的にゲートは何らかの都市に設置されているから、そういった動物を借りることはできると考えている。
「ということで、前々から考えていたハノーヴァーでのコーヒーノキの栽培をはじめられそうだ。マリエルの故郷を見るのが楽しみだな」
「私はちょっと不安です。領土を手放した私たちに、領民たちがどう考えているのか……。それと、ゲートは安全に稼働しているんでしょうか? 古代都市での件があるので、また移動した途端に戻れなくなったりしないか、少し心配です」
「その辺りはラスティさんに相談しようと思う」
「あの教会のですかぁ?」
「ああ。どうも教会なんかで活動している信徒の活動の一つに、ゲートの維持管理があるみたいなんだ」
渡の発言に、ステラが目を瞬かせた。
長い耳がピコピコと動いて少し可愛い。
つい手を伸ばして触るとコリコリと柔らかいのに弾力があった。
癖になる手触りだ。
「ふわっ……❤」
「おっと、悪い」
「いえ……。その、どう考えても、管理が上手く行ってるようには思えませんねぇ……」
「ああ。ラスティさんも言ってたが、信徒の数が少ない上に、相当な資金難のようだからな……」
古代都市は魔力災害の問題があったとは言え、王都にしろ南船町にしろ、これまでに利用したゲートは草が茫々に生えていたりして、上手く管理されている様子はなかった。
とはいえ、孤児を育てたり、寄付金を募って教会の務めをこなすだけでも精一杯な状況では、ゲートの管理まで手が回らなかったと思える。
元々の利用者が多かった大昔なら、きっと上手く管理されていたのだろう。
「だが、王都の教会みたいにお金の問題が減れば、そういった活動をできるようになるはずだし、その一環としてラスティさんにまず相談してみるのが筋だと思う」
「貴方様の考えは分かりましたぁ。万が一にでも、一方通行になってしまったら、わたし達が護衛して帰れるようにしますぅ」
「そうならないのを願ってるよ」
一番心配なのは、それとなくモイーから安全について注意されていることだ。
もし徒歩で帰るとすれば、一体何日かかるのか。
道中は安全なのか。
また、その間完全に音信不通になるわけだから、地球側では行方不明扱いにならないか心配だ。
ひとまず、祖父母あたりには長期で空ける可能性があることは伝えておこうと思う。
一番最悪なのが分断されることだから、行くなら全員で一気に移動することになりそうだった。
「というわけで、ラスティさんに相談して問題なければハノーヴァーに向かう予定だ。コーヒーノキの苗も用意して、向かおう。クローシェは後で本格的なお仕置きだ。二度と危険なことをしないようになってもらいたい」
「分かりました。クローシェ、ご愁傷さまです……」
「ニシシ、むしろ喜んで逆効果だったりして?」
「クローシェさん、良いなぁ……」
「ンンーッ!?
「ダメだ。せっかくウィリアムさんからいい服を貰ったし、これと首輪をして散歩でもするか……」
「フンンンンンンン《ぎょえええええっ》!!」
クローシェの尻尾が千切れるぐらい激しく振られた。