『私は言いつけを破って危険なことをしました』
そう書かれたホワイトボードが、クローシェの首から吊り下げていた。
自宅の事務室で、クローシェが反省させられているのだ。
口には骨型の可愛らしい口枷が深く嵌められている。
口を閉めれないため、溢れ出る唾液がよだれとなって、垂らしながら「ンフー、ンフー」と荒い呼吸を繰り返す。
がに股にしゃがんだ、いわゆる蹲踞のポーズ、頭の後ろで手を組んだ状態で、拘束具を付けられていた。
「
「よーし、じゃあ報告をはじめるぞー」
「分かりました」
「はーい。ニシシ、いい顔してんねー」
「クローシェさん……いいなぁ」
顔を真っ赤にしたクローシェが助けを求める哀れみの目で渡を見つめたが、渡は無視した。
声が出せないならばせめて手振り身振りでと思うが、拘束具は頑丈で、すり寄ることも一苦労だ。
それでもゆっくりと近づいて頭を太ももにこすりつけたが、グシグシと髪の毛を弄られて、すっと身を離されてしまった。
マリエルや同情した表情こそ浮かべているものの、積極的には援護しない。
エアはだから突入は止めておいたらって言ったのに、と言ったきり、ニヤニヤと楽しそうにクローシェを眺めている。
最後の頼みの綱であるステラに至っては熱っぽい視線でクローシェを羨ましそうに見つめていて話にならない。
この場にクローシェの味方はいなかった。
顎を伝って唾液が床に広がる。
不快さと激しい羞恥心、そして本人は微塵も認めない心の内にある、たしかな興奮。
クローシェは熱のこもった目で渡にすがるような視線を向け続けた。
◯
あれだけ危険なことはしないでほしいって言ったのになあ。
渡はクローシェのお尻を叩いてジンジンと痺れた手を振る。
渡としては、手に入った成果よりも、あえてリスクを取った二人の対応に怖さを覚えた。
今回、たしかに情報を入手できたのは二人の立派な手柄だ。
また、現場の判断で大丈夫だと思ったというのは、たしかに大きな根拠だろう。
だが、火をつけて証拠を隠滅するトラップではなく、侵入者を殺しにかかるトラップだった場合、クローシェは死んでいた可能性もある。
あるいは、エアもろとも捕縛されてしまったかもしれない。
渡としては、結果良ければすべてよし、と片付けられる問題ではなかった。
「エアとクローシェが危険を冒して手に入れた資料によると、相手の正体は『月影の団』というらしい。エアに心当たりは?」
「けっこう大手のところ。といっても、名前の通り奇襲や撹乱が得意で、今回みたいな情報収集も仕事にしてるのかな。詳しいことは知らないけど……」
「ちゃんと身元が分かるなら十分だ」
エアとクローシェが持ち帰った用紙は、物資の売買契約書だった。
残念ながら、任務の内容が分かるような契約書は、もっと探られても見つからないような場所に徹底して隠されているか、彼らの仮拠点ではなく、本拠点に保有しているらしい。
売買契約書も自分たちの身元が割れる為、トラップを仕掛けていたのだろう。
相当に周到な対応だった。
エアとクローシェが二人だけで潜入した場合。どのような結果になったかは予想できない。
「ちなみにエアは、なにか尾行されるような心当たりは?」
「ないよ。クローシェも関係ないと思う」
「ンー! ンモッ! ンンンンー!!」
「マリエルは元貴族だけどどうだ?」
「辺境の貧乏貴族だった私には、縁のない話です」
「ステラは?」
「ん~、ありませんねぇ。わたしは西方諸国で戦うことはなくて、ヘルメス王国の正規兵とばかり戦ってましたからぁ」
「そ、そうか……」
となると、やはり考えられるのは自分、というか砂糖の供給元である自分たち。
自分たちが尾行されていたことと、手に入れた書類はモイーに提供するのが良いと考えられた。
「しかし町中で突然襲いかかるなんて、あの国の諜報戦も相当激しいんだな」
「裏働きなんてアタシはやだなあ。名誉もないし、力も誇れないし」
「あら、そう言いながら、エアもご主人様のために潜入しているじゃないですか」
「あ、あれはクローシェが誘ったからだし……」
「おっ、なんだ。エアは俺のためにはやってくれないのか」
「そんなことはないし……」
照れくさそうに頬を掻くエアに、渡とマリエルとステラが笑った。
クローシェは呻いた。
「ン゛ン゛ー!」