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第53話 クローシェの成功と失敗

 クローシェとエアは顔を見合わせた。

 音は拠点の中から鳴り響いている。


 もしや自分たちが見つかったのでしょうか。

 クローシェはエアとともに、頭を低くして、息を殺して周りを見渡した。


 だが、自分たちに迫っている気配はない。

 それどころか拠点に向かってどんどんと近寄る者と、中から飛び出てきた者たちが、玄関近くの広場で向かい合い出した。


「アタシたち以外に、拠点を襲ってるやつがいる」

「あら、すごいタイミングですわね。襲撃者は二十人。中から出てきたのが八、十、十二人。……結構いますわね」

「アタシたちを尾行してたのは、ほんの一部だけだったみたいだね」


 渡を尾行していた存在もかなりのやり手だったが、奥から出てきた者たちは、さらに戦闘向きの体つきをしていた。

 そして、襲撃者たちもかなり遣う。


 一地方都市にいるのがおかしいぐらいの手練れが集結していた。


 襲撃者と撃退者はゾロゾロと集まったかと思えば、すぐに死闘が始まった。

 奇襲を仕掛けた側が、相手の体勢を整える隙を与えなかったのだ。


 あたりに人がいない。

 いつの間にか人除けの結界が張られていますわ……。


 人気が不自然に少ないことにも気付いた。

 襲撃者たちはそれなりに準備をしている。


 数の多い襲撃者たちは、装備もしっかりと整えていた。

 しっかりと防具を着込み、室内戦を想定していたであろう近接役が、短剣をチラつかせながら相手のヘイトを取る。


 その背後から短弓を用いた矢の攻撃が次々に打ち込まれる。

 援護射撃と言うよりは、その矢で相手を仕留めるつもりだ。


 だが、迎撃側も自分たちの拠点である。

 男が身を隠した立板に矢が幾つも突き刺さった。


 襲撃を知らせる警報を用意していたところを見るに、備えはしているのだろう。

 突入しようとしていた一人の襲撃者の足元で爆発が起き、吹き飛ばされたのが見えた。


「ううう、痛そうですわ……」

「そもそも警報に引っかかったのが拙い。……あれ? あいつらって、もしかしてアタシたちが前に撃退したやつじゃない?」

「誰ですの?」

「ほら、仕立て服を作るって、裏路地を通ってたときの」

「言われてみれば……。でも確信は持てませんわね。それにどうして彼らを襲っているのでしょう」

「さあ……。なんかモイモイが関係してそうだけど……」


 エアが耳をピクピクと動かしながら、真剣な瞳で戦場を見ていた。

 普段の軽い態度とは違い、ゾッとするほどにその横顔は真剣だった。


「それよりお姉様、これチャンスじゃありません?」

「なにが」

「中にいる人員が全員外に出てて戦闘中。いまは警備してる者もいなさそうですわ。わたくしたちが情報を得るのは、今しかないのでは?」

「危険だよ。アタシたちがそこまでリスクを冒す必要はないんじゃない?」

「でも、このままだと襲撃した人たちに全部持ち帰られてしまうか、情報をかっさらわれてしまいますわよ。それだと、主様に尾行したけど何の成果も報告できませんの」

「む……。でもアタシたちが、襲撃者たちと鉢合わせて戦闘になる可能性もある」

「だからこそ、やるなら迅速に、すぐに退去すれば良いんですのよ」

「一理ある……。そうと決まったらすぐに動こう」


 エアの決断は早かったが、行動はもっと速かった。

 猫科特有の靭やかで、かつ驚くほど静かな動きでスルスルと拠点へと侵入していく。


 これが隠密の手本だと、襲撃者たちを嘲笑うかのような、見事な侵入の手際だった。

 戦闘に意識を奪われている集団の探知範囲を綺麗に抜き、エアの目が地面に、左右に目まぐるしく動いて、トラップの存在を見抜いていく。


 時には壁を、梁を走りながら、どんどんと中に入っていく姿は見事に尽きたが、クローシェにはエアの真似はできない。

 身のこなしには自信はあるが、あまりにも種族としての特性が違いすぎた。


 エアが呆れた顔で振り返りながら、トラップの場所を指さして教えてくれる。

 そんな顔しないでくださいまし。仕方ないじゃありませんの!


 言葉もなく目だけで会話しながら、必死に後に続いた。

 そして、見事に侵入に成功する。


 ベッドなどのある生活拠点ではなく、情報を集めているであろう仕事場に入った。


「……ウフフのフ、ですわ。みんな外に出ていて、誰もわたくしたちの侵入に気付いていませんの」

「こんなに上手くいくとは、意外」


 襲撃の規模が大きかったためだろう。

 応援に駆り出され、拠点の中はもぬけの殻だった。


 侵入者撃退の罠にしろ、証拠隠滅のトラップにしろ、絶対に気をつけなければならない。


 そう注意しながらクローシェは棚から書類を取り出そうとして――


「はら? なにか魔力反応が……うえっ!? 嘘っ!? 注意してたのに……!」


 即行でやらかした。

 トラップ、と気付いた瞬間にクローシェの顔が引きつった。


 おそらくは可燃式の油に火が着いた。

 ごうっ、と音を立てて大切な書類が燃えていく。


 注意はしていたのに……!!

 何が悪いといって、とにかく運が悪い。

 たまたま最初に手をかけたのが、最高難度のトラップつき書類だった。


 一つとして奪われるつもりがない、と言わんばかりの延焼具合で、一気に火が広がる。

 炎に照らされてクローシェの顔が明るくなったが、顔色は真っ青になった。


「ぎょええええええええええ、た、大切な証拠が燃えてしまいますわああああ!」

「まったく世話の焼ける! 『大虎氷』よ、凍らせろ!」


 ムンクの叫びのように、頬に手を当てて慌てるクローシェ。

 その横で舌打ちをしたエアが、すぐさま佩刀していた宝剣を抜いた。


 ジャラン、と音を立てた宝剣は、部屋の明かりを照らしている。

 滅多に抜くことのない、神から下賜された神剣の一振り。


 柄に埋められた蒼色をした宝玉がまばゆく輝くと、切っ先から途端に凄まじい冷気が放出される。

 空気がビキビキと音を立てて凍りつき、瞬く間に鎮火していった。


 ついでにクローシェの顔も凍りついていた。


「お、おね、え、しゃ、ま……ど、う、して……」

「ちょっとは頭を冷やす。本当にそそっかしい。これは後で主に報告するから」

「しょんな……」


 びっしりと霜の吹いた睫毛が慌ただしく動き、瞬きする。

 ポロポロと小さな氷が床に落ちた。


 書類の半分ほどは燃えてしまったが、残りは無事に残っている。

 エアが落ち着いた様子で書類を手にすると、適当にいくつかを抱え、ポケットに放り込んだ。


 呆然とするクローシェに、エアが呆れた声で言った。


「ほら、もう逃げるよ。戦闘音が小さくなってきてる。決着が近い」

「わ、わかりました、わ……」


 大声を出すわけには行かない。


 クローシェは内心で叫んだ。


 こんなっ!

 こんなはずじゃありませんでしたのおおおおおおお!!


 退却は成功。

 誰にも気付かれることなく情報を奪取し、本来ならば提案したクローシェの貢献は一番大きかったはずだというのに。



 その背中は、不思議と煤けていたという。

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