渡が真剣な目でクローシェを見つめていた。
その目に射抜かれると、ドキッとしてしまう。
普段は女性に弱くて、けっこう無計画で、ズボラなところもあって。
本当にこの人は、と思うところもあるけれど、ここぞというときには必ず深い信頼を示してくれる。
そういうところは素直に好きだった。
どれだけ優秀でも、いざというときに自分の判断しか信じられない人よりもよっぽど好ましい。
「クローシェ、エア。後は頼んだ。二人の実力は十分に理解しているから、吉報を楽しみにしてる」
「お任せくださいな」
「また後でねー。相手次第だから、気長に待ってて」
「それでは、私とステラさんはご主人様の側にいますので、こちらはご安心くださいね」
「また後ほど会いましょう」
ゲートに入る直前に、渡から気配遮断の指輪を預かった。
ステラ謹製のこの品は、完全に気配を無くすわけではないが、重ね掛けすれば確実に気付かれにくくなる。
クローシェとエアは頷きあって、その指輪を嵌める。
祠の結界に入ったことで、ひとまずは渡の隠密を気にする心配はなくなった。
あとはクローシェとエアの仕事だ。
さて、いったい誰がつけてきたのか。
祠の中から身を隠しつつ、尾行者たちを観測する。
事前に察知していたように、四人組の男たちだった。
さすがに無臭無音の隠密の達人はいなかったらしい。
獣人が三、珍しいことにコビト種が一人いる。
獣人が身体能力や感覚に優れているのは周知の事実だが、侮れないのがコビト種だ。
彼らはその矮躯を、むしろ上手く使って隠形や尾行、撹乱などの裏方仕事をさせれば非常に優秀な種族だ。
また武器格闘の場合、低い位置から攻撃されるのはかなり厄介で、長身重厚な種族とはまた別の怖さがある。
祠の認識阻害は非常に強力で、目と鼻の先に祠がありながらも、それを認識できない、というものだ。
神々の用いる技術だけあって、付与の術式とは比べられないほどに強力だ。
おかげで、クローシェたちはすぐ側で男たちを観察できた。
一体何者ですの……?
傭兵と一目で分かるような荒っぽさは感じられない。
武装も最小限で上手く隠しているし、マントとコートを羽織った姿は、一見は旅人たちといった様子だ。
だがまったくブレのない体幹と身の運び方は、相当な修練を伺わせた。
油断ならない手練れだ。
「尾行に失敗してもまったく取り乱しませんわね」
「うん。かなりやり慣れてる。撒かれるのも想定のうちっぽい。事前に気づいてなかったら、怪しいと感じてなかったかも。お手柄」
「~~~~~~ッ❤!!」
お姉様に、お姉様に褒められましたわ!
万が一にも気取られないように慌てて口元を押さえたクローシェが、その目を輝かせ、尻尾をブンブンと振ることで感情を表していた。
むふ、むふふふふ、お手柄、お手柄ですわ……っ❤
これは主様もわたくしの評価を改めること間違いなしですわ!
クローシェ、お前がいないと俺は生きていけない……なんてッ!!
むひょー!!!!
「うわあ……ひくニャ……」
クローシェが頭お花畑になっている間にも、男たちは重点的に祠の周りを確かめていた。
彼らは尾行に慣れているからか、体臭はクローシェの鼻ですらかすかで、足音や衣擦れの音も非常に静かだ。
尾行相手が優れた感覚の持ち主でもバレないように、しっかりと対策を練ってきている。
自分たちも気配を殺し、通り過ぎてから拠点に戻っていくのをゆっくりと見守った。
すでに嗅覚、聴覚から、相手の気配は補足している。
距離が開くことで他の音や臭いに紛れてしまうのは確かだが、痕跡をたどるのは難しくはあるが不可能ではない。
このあたりに奴らの本拠地がなかったとしても、仮拠点を押さえたい。
「臭いは覚えましたから、慎重に行きますわよ、お姉様」
「ん、見失っても主は怒らない。それよりも万が一戦闘になったりする方を心配する人だから、それでいい」
男たちは見失った辺りを中心に、ブラブラと歩き回っていた。
痕跡を探しているのだ。
クローシェたちがここで近寄りすぎると、臭いや音に気づいてしまう恐れがある。
じっと身じろぎもせずに、感覚だけを研ぎ澄ませる。
クローシェとエアは、男たちが通り一つほども離れたのを確認して、ゆっくりと痕跡をたどり始めた。
しばらく順調に後をつけたが、ふと一人の男が足を緩める。
「おい、ぼうっと後ろを見てどうした。いたのか?」
「いや、気の所為だ……。オレも勘が鈍ったかな?」
「はっ、酒の飲み過ぎじゃねえか?」
「うるせえ、オレは女っ気より食い気なの」
男が振り返る直前、瞬時に物陰に隠れていたクローシェは、ほっと胸を撫でおろした。
「あ、危なかったですわ」
「相手もなかなか
「ですわね……」
尾行チームに選ばれるぐらいなのだ。
感覚が鋭敏でなければ務まらない。
クローシェは暴れそうになる心臓をゆっくりと呼吸することでコントロールし、ホッと息を吐いた。
口の臭い、消化物に体臭、足音から心音。
感覚が優れた獣人相手なら、気配を殺すのに対策しすぎるということはない。
これらすべてを過剰なぐらいに対策し、気配遮断などの付与の品を使ってなお、第六感や超感覚的知覚で隠密を見破るものは出てくる。
クローシェとエアはあくまでも戦闘が本分で、尾行や追跡はその高い能力に任せたものに過ぎない。
本職を相手にするには、かなり神経を使う。
それでも、クローシェとエアは確実に仕事をやりきった。
遠目に四人組が入った建物を、目に収める。
「ここがあいつらの
「このまま中も調べますの?」
「リスクが高すぎるからそれはダメ」
「じゃあ、一旦退いて、主様に報告ですわね」
「ん。そうしよう」
エアとクローシェが頷いて、その場を離れることに合意した、まさにその時。
ビリリリリリリ、と大音量が、その拠点から流れ始めたのだった。
「なんだろ……?」