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第51話 異世界の尾行者

 モイーとの面談を終えて、領主館を後にした渡たちは、人通りの多い表通りを歩いて、倉庫に向かっていた。

 一仕事を終えた渡は、ホッと肩の力を抜く。


 どれだけ親しみを抱いたとしても、モイーは貴族だ。

 万が一粗相を働けば、打首になる危険性はあり得る。


 それだけに会うときにはいつも緊張状態が続き、終わった後は疲れてしまう。

 今日はビールを飲みたいな、などと渡が考えていたときだ。


 クローシェが鼻をスンスンと鳴らし、訝しげな表情を浮かべた後、顔に緊張が走った。

 そっと耳打ちするように、声を潜めて言う。


「主様、おそらくですが、尾行されています。アチラです。振り返らないでください」

「なに。こっちでもか!?」

「はい。お姉様は分かりますか?」

「ううん、アタシにはまだ届いてない」


 渡はそれとなく周りを見た。

 周りには多くの人が行き交っていて、誰も彼も自然としている。


 平和でいつもと代わり映えない光景だ。

 渡には何の変化も緊張も感じられない。


 クローシェの鼻の効きは種族によるもので、群を抜いている。

 エアの耳の良さ、勘の良さも超人的だが、人通りの多い表通りということもあって、判別がつかないらしい。


「おそらく領主館を見張っていましたわね。今ならばかなり距離があって、撒くことも容易です。どうされますの?」

「そりゃ逃げるだろ。わざわざ聞くってことは、なにか他の案があるのか?」

「一度撒いて安全圏に主様が隠れた後、わたくしとお姉様の二人で、逆尾行を仕掛けるという手があります」

「大丈夫なのか?」

「わたくしとお姉様の二人なら、大丈夫ですわ、絶対!」


 自信満々に言い切るクローシェに、どうしても一抹の不安を覚えてしまうのは、なぜだろうか。

 とはいえ、なんだかんだこういう時には致命的な失敗はしない娘だ。


「俺達を尾行する人間の目的を知りたいし、誰がウェルカム商会を襲ったのかも知りたい。でも、それ以上に俺はクローシェもエアも失いたくない。絶対に無理をしないと約束できるか?」

「アタシがクローシェが飛び出しかけたら抑える」

「も、もちろんですわ。命令してくださっても良いんですのよ?」


 エアの頼もしい発言にうなずき、クローシェの言葉には顔を横に振った。

 渡が過去にした命令は一つだけ。


 異世界を行き来できることを知られないようにすること。

 それ以外については、一切制約を求めるつもりはなかった。


 今後奴隷の身を解放して結婚しようとしている相手に、いくつも命令するのは違う気がするのだ。


「命令はしない。君たちの判断を信じる」

「重い期待ですわ。だからこそ、全力でお応えしなければいけませんね」

「まあ、主はアタシたちに任せててくれたらいいよ」

「ああ。任せたぞ、エア、クローシェ。絶対に、危険な目には遭わないでくれ」

「上手くいったらいっぱいご褒美もらおーっと。イッシッシ」

「わたくしも欲しい物があったのですわ」

「お、おいおい。俺の財布はまだ多くないんだから、あんまり無茶な要求はやめてくれよ」


 不敵に笑うエアとクローシェには気負いは感じられない。

 そもそも尾行に気づいてしまう時点で、能力に差がある証なのかもしれない。


 不安になることを笑って言いながら、エアとクローシェに守られてゲートへと向かう。

 今も誰かに背中を追われているのだ、と思うと、言いしれない不安を感じた。


 こういうとき、むしろ率先して自分が守れないことが気にならないといえば嘘になる。

 だが、エアとクローシェの実力を知っているからこそ、口が裂けてもそんな妄言は吐けなかった。


「主様は地球むこうに行くのではなく、時と空間の回廊に向かってくださいまし。万が一向こうで別の尾行がいたら面倒なことになりますので」

「あの人に会うのか。まあ聞きたいこともあるしちょうどいいかな。ステラは俺の護衛を頼む。マリエルも俺と一緒で待機だな」

「はい、お供いたします」

「お任せ下さいませえ。気配遮断の付与の指輪は、後で使ってくださいねえ」

「ああ。分かった」


 今は渡が囮になって、尾行を誘導するつもりのようだ。

 人通りの多い道を中心に歩く。

 万が一にも急襲されないように気をつけた。


 完全に距離を離して撒いてしまうと、逆尾行ができない。

 微妙な距離感を、クローシェに言われながら保って歩いた。


 そして、ゲートの近くで指輪の力を使い、気配を遮断した。


「俺だけが使って良いんだな?」

「はい。まずは主様をゲートまで安全に移動するのが最優先ですの。そこから先はわたくしたちなら、問題なくできるはずですわ」

「アタシにも聞こえてきたッ! うまく足音を殺してたけど、慌てたみたい。隠形が雑になってる」


 人数は四人ということだった。

 交代制で領主館を遠くから見張っていたのだろうが、渡が訪れたことで全員が追跡しているに違いない。


 祠まで来てしまえば、付与術式以上に強力な結界が、渡たちの存在を覆い隠してくれる。

 とはいえ、尾行していた者たちはすぐ近くまで来ていた。


 そもそもゲートの存在を感づかせたくない。

 さらに、ないだろうとは思うが、万が一にもゲートを使える人間がいれば、見つかってしまう恐れはゼロではない。


「だいぶ距離が詰まってきましたわね。主様、すぐにゲートに潜ってください」

「分かった。ふたりとも、何度も言うが、無事でな。待ってるから」

竜の背おおぶねに乗ったつもりで吉報をお待ち下さいな。オーッホッホ!」

「クローシェ……」


 そういう態度が逆に不安なんだ……。

 大船よりも泥舟に乗りそうなクローシェの高笑いを聞きながら、渡たちは急かされてゲートに飛び込んだ。


 エア、頼むぞ……!


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