マリエルたちが部屋から出て、渡とウィリアムの二人だけが残った。
手習いが忙しなく入って、荷物を運び入れる。
すでに渡のために準備をしていたのだろう。
「こちらが目玉商品ですので、最初に紹介いたしましょう」
「お願いします」
ウィリアムが自慢げに箱から取り出したのは、一枚の衣服だった。
女性用上着で、ロングワンピースの形。
布地はややしっかりしていて、腰元を絞る細い紐がついている。
鮮やかな刺繍が施されているが、目玉商品と言うほどの凄みは感じない。
「こちらは、
「といいますと? 俺にはごく普通の普段着に見えますが」
「左様ですね……。今はこちら、私も渡様も利用者として登録されておりません。ですが、これから渡様を所有者として登録すると……」
ウィリアムが軽く操作をすると、それまでしっかりとした布地だと思えていたものが、スゥっと色を失っていく。
そして透明なビニールを持つように、ウィリアムの手が透けて見えるようになった。
「えっ、消えた……!? いや、よく見るとうっすらと分かるけど、透明になってる!」
「そうでしょうね。ただ、私には、あるいは通りがかりの誰が見ても、普通の布地が見えております」
「はー、すごい技術ですね。で、これが……?」
「お分かりになりませんか。これを着せて、所有者登録を着た本人、あるいは渡様に登録すれば……」
「え……ッ!?」
周りからは普通に服を着ているように見えるのに、渡だけが、あるいは渡と着せた本人だけが、裸のように見えるようになる……?
露出していない露出プレイ、あるいは羞恥プレイが可能になる。
ガタッ、とソファが音を立てるぐらい勢いよく、渡は腰を浮かせていた。
これを考えて作った人は天才では……!?
「どうやらご理解いただけたようですね」
「ハッ……!?」
「こちら、そういった品を作る有名な錬金術師の作品でして、きっと気に入っていただけると思い、数を揃えました」
「錬金術ってそういう方向にも使えるんですね」
「錬金術師は鉛を金に、あるいは永遠の命を探求する職ですからね。どうも性愛は主要な研究分野の一つだそうですよ」
「ははあ……」
性愛から生命の誕生が始まる以上、永遠の命を探求するには避けては通れない、ということだろうか。
すでにこの商品だけでも圧倒されていた渡だったが、ウィリアムの提案はこれだけで終わらなかった。
隣の箱から取り出したのは、革と金属でできた拘束具だ。
表面には複雑な模様が描かれていて、美しさを感じる。
「獣人でもけっして破れない特殊な拘束具です。金属としての強度だけでなく、身体強化行う魔術を散らすようになっています」
「これを使うと、エアとかクローシェでも逃げれないわけか……」
「そうなりますね。くれぐれも悪用はなされませんように」
「もちろんです」
同意なくエアやクローシェを拘束できる存在がどれだけいるか、という話だが、悪用も可能な代物だった。
エアはともかくクローシェが悦びそうだな、と渡は思った。
気位が誰よりも高いのに、その実自分への期待の高さに苦しみを覚えているところのあるクローシェは、イジメられると喜ぶところがある。
やめてくださいまし、ひどいですわ! と言いながらもいそいそと受け入れるクローシェの姿を想像して、渡はにんまりと笑う。
その他にも、エッチな使用人服や神から神罰が下りそうなシスター服、獣人やエルフにも対応した特別な耳栓など、渡が想像もしていなかった衣服や道具が紹介された。
中には、娼館で人気の高い兎族をモチーフにした逆バニースーツなどもあったり、普段着には一切使えないが、こんな機会でもなければ知ることも見ることもできない服をたくさん知ることができた。
どすけべな衣装を真顔で紹介するウィリアムの商人魂も凄いものだ。
「こちら、すべて渡様にこれまでのお礼としてお渡しいたします。ご自由にお使いください」
「え、いえ。悪いですよ。どれも相当希少なものなんじゃありませんか?」
「一部の好事家が買い支えているようで、砂糖の収入に比べればさしたものでもありません。どうかこれまでお世話になっている方への、気持ちとして受け取ってください」
遠慮しようとしたのだが、ウィリアムはその後も頑として譲る姿勢を崩さなかった。
そこまで言われたならば、渡としても受け取るしかなかった。
実際とても嬉しく思っていたから、ついいそいそと受け取ってしまう。
そうして贈り物を受け取った後、ウィリアムが深く腰を折った。
「あらためて、先日は過分なほどの支援を頂いて、ありがとうございました」
「頭を上げてください。俺もウェルカム商会さんにはお世話になってる身ですから」
「もし、襲撃者や奪われた積荷について、噂でも聞かれたら、情報の提供をお願いいたします。荷はともかく、うちの大切な部下の命を奪った償いは、必ずさせます」
「もちろんです」
静かな言葉遣いに、空恐ろしいまでの深い怒りと恨みを感じさせた。
きっとウィリアムは、あの日に商談を受けた自分を一生赦さないのだろうな、と渡は思った。
そして、同時に。
ウィリアムは必ずウェルカム商会を復活させ、復讐するつもりだ。
手押し車に箱を載せると、クローシェがガラガラと音を立てて運ぶ。
当然、中身について聞かれたわけだが、渡は一々外で説明するのもなんだと思い、言葉を濁していた。
それでも、感情や態度は隠しきれるものではない。
「主、なんかめちゃくちゃエッチな臭いさせてる……変態だ」
「な、なに!? そ、そんなことは……」
「まったく、主様は本当に変態ですわね! こんな往来で興奮した臭いをさせて、わたくし見損ないましたわ!」
ニヤニヤと笑ってからかってくるエアと、楽しそうに主人を罵倒するクローシェは、本気では怒られないと思っているからか、実に遠慮がない。
こ、この
渡はこめかみを引くつかせながら、早速今夜にでも復讐を誓った。