ウィリアムは一時に比べると、少し痩せたようだ。
もとより太っていたわけではないから、少し痩せすぎのように見える。
だが、声には張りがあり、血色もけっして悪くはない。
何よりも普段よりも威勢のよい態度は、けっして調子が悪そうには見えなかった。
店内は景気絶頂といった時期に比べると、商品も買い物客もやや少ないが、それでも人で賑わって繁盛しているように見えた。
渡たちは早速奥の個室へと案内を受けて、ゾロゾロと移動した。
いつものように香草茶が用意され、部屋に爽やかな香りが立つ。
「元気そうで何よりです。少し痩せましたか?」
「一度どん底まで落ちた人間ですからね。家族と従業員を食べさせるためにも、落ち込んでいられません。後はもう一度這い上がるだけだと必死に働いておりますよ。忙しくしすぎて、たしかに少し痩せてしまいました」
毅然として、それでいて柔らかな態度で言い切るウィリアムの姿には力強さを感じた。
厳しい状況なのは変わらないだろうが、なんとかして見せてくれる、そういう予感を感じさせる姿だ。
お茶に一匙の砂糖を入れたウィリアムは、優雅に笑みを浮かべてお茶を飲んだ。
「砂糖にしろ、コーヒーにしろ、当商会しか取り扱いがないのが強いです。貴族の方々も他の商会で手に入るなら、契約を切ってきたかもしれません。が、うちしかないなら、そこで買うしかありませんからな」
「助けになっているなら良かったです」
「渡様には足を向けて寝れません。ただ、店の拡張工事の方は、一旦停止せざるを得ませんでした。規模を大きくしても、販売を任せられる者がおりませんので」
「それはそうですよね。今はどうしてるんです?」
「建物自体は完成させて、一時的に倉庫として利用しています。また任せられる部下が育ってきたら、段階的に開放することになるでしょう」
今は負債の返却より、とにかく商会の安定に奔走しているようだ。
一度は去った従業員を再度雇用したり、新たに雇用したり、仕方なく投げ売りした在庫を新たに集めたり。
緊急事態だけに仕方がなかっただろうが、雑貨商であるウェルカム商会にとっては、幅広い品揃えこそが
それでも、付き合いのある商家が再興の目処がたったならと商品を融通してくれたりしているらしい。
このあたりはウィリアムの人徳のなせる技だ。
「人手はこれまではあまり利用しなかった、もと商売人の奴隷を購入しました。マソーさんには無理を言って、有能で信頼できる人を揃えてもらいました」
「そういえば、ここではあまり見ませんでしたね」
「若い見習いのうちから、じっくりとうちの理念や考え方を知って育てていくほうが重要だと考えていたのです。ですが、今のままだと仕事が回らなくなってしまうため、苦肉の策でした」
ワンマン体勢で、ウィリアムがすべて決める経営方針ならば、すべて指図すれば良い。
だが、ウィリアムが目指す経営は、信じられる部下にどんどんと仕事を任せるやり方だった、ということだろう。
即席の奴隷では、重要な仕事は任せられない。
「襲撃のその後はどうなんですか。なにか情報が集まったりは?」
「……捜査の方は芳しくないようです。とはいえ、国外の貴族が関与している以上、上の方で情報が差し止められている可能性も大いに考えられます。モイー卿も、そのような情報は落としてくれないでしょう」
「そうですか……」
「同業からも、奪われた荷が出回っているという話は今のところ聞きません。こちらはすぐに放出すれば足がつくと考えて、保管しているのでしょうが」
「そういうのって、盗難品だっていうの分かるものなんです?」
渡は疑問に思ったことを尋ねた。
おそらくは基本的なことなのだろうが、ウィリアムは嫌な顔をせずに答えてくれる。
「工房や職人の癖が色濃く出ますからね。特に今回は貴族様向けの一点ものばかり。衣装や細やかな細工は、見るものが見れば必ず誰の作かは分かるでしょう」
「なるほど……そういうことですか」
迂闊に出回らないわけだ。
そして闇市、いわゆるブラックマーケットのような場所で出回るとしても、噂ばかりは止められない。
収奪した嫁入り道具は、まだ犯人たちが換金せずに抱えたままということだ。
「とはいえ、国外のブラックマーケットでは追いきれないのでは?」
「そうですね。しかし名品ではあっても、やはり工房の名が近隣諸国にまで轟くというのは珍しいことなのです。高値をつけたいならば、自然とその名が知られている範囲に収まるはず……というのが私の見立てです……。儲けを度外視して売り払われたら、それこそお手上げですが。尻尾を出せば、必ずや掴んで引きずり出してやります」
「いつか、犯人たちに愚かな犯行に裁きが下される日がくるように祈っておきます」
声こそは落ち着いていたものの、ギュッと固く握りしめられたウィリアムの手は、その想いの強さを物語っていた。
渡は砂糖とコーヒー代をいくらか現金で回収した。
金貨はやはり嵩張るし重い。
金属の塊なのだから当然かも知れないが、紙幣のありがたみを感じる。
「さて、美しいご婦人方には申し訳ないのですが、渡様と二人で話をさせていただけませんか?」
「えー、アタシたち抜きに内緒話ー? あっやしー!」
「いえいえ、けっして悪巧みではございません。しかし女性同士でしかできない話もありますように、男同士ならではの話もありまして」
「エア、行きましょう」
「はーい。ウィリアムまったねー!」
エアがブンブンと手を振って部屋を出る。
ウィリアムに害意がないのは、臭いや心音で筒抜けだろうから、話が拗れることもなく、マリエルたちが退出した。
さて、ウィリアムは渡にだけ話したい内容とは、一体なんだろうか。
「あらためまして、先日はモイー卿に支援を手配していただき、ありがとうございました。おかげで九死に一生を得ることができました」
「本当に気にしないでください。俺が世話になったからこそです」
「それで、どうすればこの御恩を少しでも返せるかと考えたのですが、これが非常に難しかったのです。お金には困っておらず、珍しい品ならば渡様のほうがお持ちなぐらい。以前なら優秀な配下に、手続きの手助けをさせることもできたでしょうが、今は私のほうが手が足りないぐらい。そこで、ふっと思いだしまして」
「はあ……」
話の筋が見えず、渡は気の抜けた声を出した。
「渡様が当商会で一番興味を持っておられたのが、お付きの人の服装でした。そこで、勝手ではありますが、
「こ、これは……!!」
そう言ってウィリアムが用意したのは、マリエルたちのセクシーな衣装だった!