渡たちは、近頃はゲートを利用する日々が減っていた。
それも仕方がないことではあっただろう。
毎月のチョコレートの贈呈や、モイーへの挨拶は欠かせないとは言え、それ以外の時間については、会社の設立や実際の運営。
今後の製薬事業に向けた下調べなど、するべきことが多々あったためだ。
おまけに急なタイガンからの依頼に応えたり、急用も間に入ってしまった。
だが、ようやくそれらの用事も一段落が着いた。
渡たちは、久々にゲートを利用し、異世界に向かう。
お地蔵さんの前に開いたゲートを潜ると、パッと景色が変わる感覚は、慣れた今となってもやはり不思議に感じる。
「このぐにゃああっとなる感覚も久々だな」
「フフフ、最初は怖いもの知らずのエアがすごく怖がってましたよね」
「アタシだってわけがわからない物は警戒するから。っていうか、あの時はまだ主のこともよく知らなかったから、当然の反応だと思う」
「そう考えると、俺は何も知らないし安全もわからないのに、よく飛び込めたものだな」
あの時は、警戒はあったが、心の何処かで大丈夫だ、という不思議な確信があったのだ。
懐かしさのあまり、つい一番最初の出会いを振り返った。
あれからまだ一年も経っていないのだ。
クローシェとステラが何を言っているのか理解できていないが、仕方がないだろう。
「しかし、今日も尾行がついてたんだろう?」
「うん。最近は毎日だれか後ろを付きまとってるね」
「タイガン・ウッドローさんと出会ったのがバレてるっぽいな……」
「今のところはエアとクローシェが気づいて撒いてくれていますけど、そろそろ対応が必要かもしれません」
「これだけ自由に移動できないのは実際ストレスがひどいしなあ。ただ暴行するのも違うし、その点は気をつけてほしい。エアやクローシェが逮捕されたら俺は泣くぞ」
法治国家である日本で、殴ったりすれば、かえって自分たちの身を危うくしてしまう恐れがある。
相手が何者か分からないのも、不気味で嫌な感じだった。
「やっぱりあの人に一度相談するべきかな」
「防諜について詳しいのですから、尾行の対応にも慣れているかもしれませんね」
「だめでも政治ラインから対応してくれる可能性もあるし、帰ったら一度考えてみるよ」
ゲートの近辺はそもそも認知されなくなるし、異世界にわたった今は、完全に警戒を解いた状態だ。
気配の探知に敏感なエアとクローシェに、接触が可能か、あるいは何かしらの罠を張れないかなどを相談しながら歩いた。
異世界でのゲートは基本的に表通りから少し入ったところにある。
渡の格好も目立つが、マリエル、エア、クローシェ、ステラという美人が四人もいると、どうしても注目を集めてしまう。
人数が増えたことで、襲われる心配は相当に減ったが、それでも今も表通りを必ず歩くようにしていた。
行き交う人々が、渡たちを、そしてカートに多量に積んだ荷物を不思議そうに眺める。
それと同時に、渡は今も行き交う人々や並ぶ店を興味深く眺めていた。
気分は夏祭りの露天に出ている店や客を観察するそれだ。
変わった色合いの器や珍しい道具があったり、地球では見たことのない動植物の素材が売られていると、つい時間をかけて見てしまう。
マリエルたちにとってはごく当たり前の素材だろうが、それでもウィンドウショッピング自体は嫌いではないのか、渡の時間に付き合ってくれる。
なお、余計な注目を浴びないために、荷物には一枚布をかぶせていた。
まさか一袋で金貨がたっぷりの高額商品を多量に積んでいるとは、誰も想像してないだろう。
おまけに地球の時とは違い、エアやクローシェ、ステラは剣や杖を見える状態で装備しているため、どれだけ可愛らしく見えていても、威圧感もまた備えていた。
倉庫に在庫を搬入すると、一度はゼロになったウェルカム商会への売掛金がかなり溜まっていた。
渡の異世界での収入のほとんどが、ウェルカム商会を通じてのものだ。
手持ちのお金は十分にあるとは言え、そろそろ回収しにいかなければ、自分たちの支払いに困るようになってしまう。
「ウィリアムさんは元気になってるかな」
「どーかな。あのオッチャン面白いから、また元気だと良いなあ」
「エアは本当にウィリアムさんと仲がいいよな」
「あの人、獣人に対してまったく差別してないから」
「その感覚が俺には分からないんだよなあ。エアもクローシェも、エルフのステラだって、みんなこんなに綺麗なのに」
「エヘヘ」
渡が本心から言うと、エアが珍しく分かりやすく照れた。
ガシガシと頭を掻いて、少しだけ歩く速度を上げる。
ウェルカム商会の積荷が襲撃を受けて、ウィリアムが奔走していたのは人、モノ、金のすべてを一時に失ったからだ。
特に股肱の臣を失ったのは非常に大きな痛手だっただろう。
それでも再起する機会は手に入った。
そしてチャンスさえあれば、みすみす好機を逃す男ではない。
「こんにちはー。ウィリアム会長はいますか?」
「おおおお、これはこれは渡さまあああああ!! 当商会にウェルカアアアアアアアアアアアアアアアアム! ようこそいらっしゃいましたああああああああああああああ!!」
久しぶりに顔を合わせたウィリアムは、以前より倍は熱狂的に渡たちを出迎えた。
スケート靴も履かずにダブルアクセルを決めたかと思うと、ピタッと止まり、綺麗にお辞儀をしている。
呆気にとられてポカンと見ていた渡だが、次の瞬間には笑いながらも安心した。
この様子なら心配は要らなそうだ。