タイガンの行動は早かった。
したり顔で紹介を押し売ってきたグレート山崎に猛抗議した。
今度アメリカの大会で顔を合わせたときは覚えておけ、と激しい憤りを覚える。
余計な希望をもたせておいて、目の前で肩透かしを食らっただけに、タイガンの怒りは大きい。
とはいえ、マリエルからヒントを貰えたのは、非常に大きな進歩だった。
タイガンはヒントを貰った以上、労力はかかっても、じきに紹介者を見つけることができるだろう、と予想していた。
大物であればあるほど、スケジュールは詰まっており、不調は長く隠しておけるものではないからだ。
コンサートを急遽取りやめたり、あるいは報道によって広く知れ渡ったり、どこかしら情報は伝え聞こえてくる――――はずだった。
「いったい誰なんだ!? 三大歌姫は全員絶好調。スケジュール通りでパフォーマンスは問題ないみたいじゃないか!」
「わ、わかりません……そもそも長期間活動を休止していた歌い手が少ないんです」
「そう、そうなんだよ」
……だというのに、まったく目星がつかない。
タイガンはマネージャーのジェバンニに困惑をぶつけた。
タイガンは一度、渡との伝手を得るのに失敗している。
ここで手当たり次第に何人にも問い合わせ、ポーションの存在を広めてしまう失態は絶対に避けたいところだった。
タイガンにとって誤算だったのは、唯一の紹介者であるマリアは、難聴の発症後すぐに若井と連絡が取れたことで、問題が深刻化する前に解決してしまったことだ。
大きな問題にならなかったため、病院通いもパパラッチに大沙汰にされることもなく流れてしまった。
つまり報道されることのない不調だった。
これを見つけるのは相当に難しい。
「クソ、今度の全米オープンは特別招待枠なんだ。なんとしても大会を盛り上げたいが、今の体調では優勝争いに食い込むことも難しいだろう。なんとか探してくれ」
「急ぎます」
四月に開催される全米オープンは、四大大会の一つと言われるほど規模も名誉も大きな大会だ。
過去にタイガンはこの大会で三度もの優勝を果たしていた。
とはいえ、それは全盛期のころのこと。
頼れる指導者を失って、心身のコントロールを失ってからは、ずっと不調が続いている。
スキャンダルで賑わしたこともあった。
妻とは離婚し、愛息は母親の元に手放さざるを得なかった。
特に身体の不調はひどく、すでに体の様々な場所に何度も手術を繰り返し、絶え間ない痛みと違和感に襲われ続けていた。
往年のファンにも、タイガンはもはや
それでも、かつての天才のカムバックを望む声は大きい。
「勝てなくてもいい。だが何としても、実りのあるものにしたい。頼む、探してくれ」
「分かりました……。全力を尽くします」
タイガンの懇願にも似た要請に、長年支えていたマネージャーは真剣に頷いた。
彼もまた、タイガンの復活を心から願う一人だった。
◯
タイガンは忙しい。
ツアーを巡るだけでなく、コースの設計や管理といった仕事もある。
普段の練習もしなくてはならない。
「……もう、時間が残されてないな」
全米オープンまで、あと一週間を切った。
最高のコンディションでプレーできる可能性に賭けていたが、難しそうだ。
沈んだ表情を浮かべてパター練習を続けるタイガンに、一人の男が近寄った。
並んで立てば、若かりし頃のタイガンによく似ている。
精悍な青年が親しく手を挙げた。
「父さん、調子はどう?」
「良くはない。だが、いつだって全力でプレーする。お前には、私の姿を見ていてほしい」
「うん、見てるよ。誰よりも、一番近くで……だから、無理はしないで」
「大丈夫だ」
息子のライアンは、今回の大会でキャディ役を務める。
かつて離れて育てられた息子が成長し、一人の大人となって、ともにツアーを巡ることになった。
その最初の、記念すべき大会が、全米オープンだった。
自分の恥ずかしいところは全部知られている。
それでも愛する息子を前に、少しでも良い父親でありたかった。
大丈夫、という言葉が寒々しい。
だが、それでも男には虚勢を張らなければならない時がある。
タイガンは集中してパターを打った。
弾かれたボールがギリギリまでカットされた芝の上を滑り、うねるように走る。
カップに向かって複雑な軌跡を描いたボールが、まさに入る直前、ピタリと止まった。
「くっ……」
ゴルフのスコアは、ドライバーで三〇〇ヤードを越えるロングショットも、数センチのパターも同じ一打として数える。
筋力も体力も衰えたタイガンにとって、パターの精度は欠かせないものだ。
それが入らないとは。
招待選手として、みっともない姿は見せられないのだが……。
大丈夫だ。
問題ない。
過去にはピンチを前に、果敢に挑戦し続けることで、チャンスに変えてきた。
きっと今度の難題も、なんとかなる。
「タイガンさああああああん! 見つけました! 紹介者が分かりましたよ!」
「見つかったか!」
タイガンが弾かれたように顔を上げ、駆け寄ってきたマネージャーを見た。
その時、カップの縁ギリギリに止まっていたボールが、ふっっっ、と動いたかと思うと、カランカラーンと音を立てて入り込んだ。
「ほらな、大丈夫だって言っただろう?」
タイガンはにこやかに笑みを浮かべて、ライアンに向き直る。
久しく見せることのなかった、満面の笑みだった。