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第44話 タイガン・ウッドローの困惑

 タイガン・ウッドロー。

 長いゴルフ界の歴史の中でも、間違いなく三本の指に入る天才だった。


 そんな人物からのオファーを前に、渡は悩んだ。


 偉大な選手が、さらなる偉業を打ち立てる助けになりたいという純粋な応援の気持ち。

 そんなビッグネームとの実績を積み重ね、将来の宣伝に使いたい、という欲。

 そういった、オファーを受けたいという気持ちがあるのは確かだ。


 だが、同時にグレート山崎の名はあまりにも悪い印象を渡に与えている。


 単純に渡に協力をしたいという思いからの紹介とは考えられない。

 何かしら関与することで、利益を貪ろうとする悪巧みではないか、と警戒せざるを得なかった。


 さらに疑えば、このメール自体が偽物である疑いまである。

 渡たちを何処かに呼び出して、先日の恨みを晴らそうとしているのではないか。


 考えれば考えるほど、どうとでも受け止めることができるだけに、渡としても決断に迷った。

 ただ、渡は自分ひとりで物事を全て考えて推し進めるタイプではない。


 悩ましいなら相談する、という手段が取れる意味は大きい。

 幸い、対人交渉に優れたマリエル、鋭敏な感覚を持つエアやクローシェたちがいることもあって、相談相手には事欠かなかった。


「俺としては、グレート山崎さえ絡まなければ、受けてもいいと思ってるが、どうだろうか?」

「まず偽装の疑いを晴らしたいですね。本当に本人からの依頼なのかを確認しましょう。ご主人様、本人である証明を求めることって、できるんでしょうか?」

「そうだな……。文章でってのはなんだかんだ偽造できる可能性が残る。メールアドレスもそれっぽいものを使ってる可能性も、なくはない。スマホやパソコンのカメラで、リアルタイムに顔を映してもらう、というのは偽装できないんじゃないかな」

「分かりました。これで応じなければ、すぐに話を打ち切るとして、問題は本人だと確認できた場合ですよね。ただ、その上で私は事情を丁寧に伝えて、お断りするべきだと思います」

「どうして?」

「たとえタイガン・ウッドロー氏と直に連絡を取って、間にグレート山崎を挟まなくとも、この方が復活すれば、自分たちの功績だと言いたてられかねません」

「それは……ありえるか」

「はい。じゅうぶんに」


 マリエルの発言に渡は想像してみて、納得した。

 紹介したのは確かなのだから、その分の実績を認めろ、とがなり立てる可能性はありえる。

 というか容易に想像できるぐらいには、悪い意味で信頼できた。


「たださあ、あれだけ前回痛めつけられて、そんなに図太く要求できるものなのか? 俺だったら痛い目にあったら、二度と近寄らないものだけど」

「主は甘い。考えが甘すぎるよ」

「そうか……?」

「ああいう輩はね、たしかにやられた直後はしょぼくれて、一時は落ち着くよ。でも時間が経てばまた調子に乗って、同じことを繰り返すの」

「ご主人様、私もエアの意見に賛成です。お父様の領地経営でも、甘い処罰を下した者は、そのときは感謝し、反省の色を見せていても、同じことを繰り返していました。人は変われますが、生半な覚悟では変われないのもまた確かなのです」

「二人の意見は、分かった」


 二人して反対の意見を述べてきたことで、渡としても考えを固まった。

 欲をかいて、大きな失敗をするのは避けたい。


 もはやこの事業は渡一人で成り立つものではない。

 マリエルもエアもクローシェも、ステラも協力してくれている。


 やはり、今回のオファーは断ろう。




 タイガンは困惑していた。

 画面通話を求められて応じたまでは良い。


 だが、まさかわざわざ連絡を取って、丁寧に謝絶されるとは思っていなかった。

 モニターに映る向こう側には、マリエルと名乗った銀髪の見た目麗しい女性が、申し訳無さそうにしていた。


「金額の問題だろうか? これでも賞金とスポンサーで稼いだお金はある。満足できる金額を支払えると思うのだけどね」

「マスタータイガン、問題は金額ではないのです。当店の商品は紹介制で販売しています。紹介制は、紹介された方の信用を担保にしているのはご存知だと思います」

「その口ぶりだと、信用できない窓口だった、と聞こえるが、確かかな?」

「はい。紹介元となるミスター山崎は、恐喝、暴行の前科によって、出入禁止処分となっています」

「…………」


 流暢な英語・・・・・は、聞き間違いではないと確信させられた。

 言葉を失うとはこのことだ。

 タイガンは、山崎から魔法のような薬があり、必ず完治するとうそぶいた。


 そして自分が紹介すれば、絶対に手に入るのだと、何も問題ないから、任せてほしいと豪語していた。

 話が違う、とタイガンは荒々しく舌打ちした。


 ここでゴネて、関係を破綻させるのは拙い。

 昂る心を冷静にする作業はお手の物だ。


 タイガンは深呼吸をして、理性的な声を心がけた。


「……どうやら、思い違いがあったようだ。正規の窓口を探そうと思う」

「私どもはまだ小さく商いをしておりますので、アメリカとなると、限りなく紹介元は少ないと思われます」

「私は事情があって、何としても次の大会で優勝したい。たとえ無謀だと分かっていても、ホールインワンを狙う方法はないだろうか?」

「さて、私はゴルフには詳しくありませんので。ただ、たまには音楽を聞かれるのもいいかと思います。追い詰められたときほど、耳を澄ませることも大切かと。あなたに歌姫の幸福がありますように」


 紹介元は音楽関係者だ、とすぐにピンときた。

 丁寧に礼を言って通話を終えた。


「クソッ!! なにがグレート山崎だ! いい加減な紹介しやがって、あいつにはMother Fucker山崎がお似合いだ!」


 あともう少しで治療の目処が立ったのに!

 タイガンは腹立ちまぎれに机を蹴り飛ばしかけて、すんでのところで思いとどまった。


 もはや体はボロボロだった。


 苛立ちのままに不用意な行動をすれば、余計な怪我を負いかねない。

 若い頃は衝動に任せていくつも大きな失敗を重ねてきた。


 大切な時間を無駄にしてきた自覚はある。


「なんとしても、手を打たなくては」


 もはや、自分には長い時間は残されていない。

 年齢を重ねてパワーは落ち、精度も下がり優勝に絡むことも少なくなってきた。


 そして、タイガンは自分のようにキャリアの危機に面しながら、復活を遂げた人物を調べ始めた。

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