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第43話 明確になったやるべきこと

 今後、色々と協力を仰ぐことになるだろう祖父江には、株式会社化したことを念のために報告しておいた。

 祖父江は猛烈に忙しいだろうに、いつも必ずわずかながらも時間を作ってくれる。


 そして心から嬉しそうに喜んでくれた。


「そうか、ついに会社を立ち上げたか。おめでとう」

「はい。まだ量産化の目処は少しも立っていないので、相当気が早いんですけど」

「それでも一歩進めたのは大きな進歩だ。研究を加速させるのに資金が必要なら投資させてもらうよ。というか、ぜひとも今のうちに一枚噛ませてほしいものだが、どうかね」

「株式を発券すると、株主の意向をどうしても気にしてしまうので、今のところは考えてないんです」

「……そうか、残念だ。まあ気が変わったらいつでも言ってほしい」


 祖父江は渡の資本を知る数少ない人物だ。

 そして祖父江の目には、渡本人だけではなく、その背後に中東の王族の姿も見えている。


 非常に巨大な権力と資本を持った存在を前に、祖父江としてもなんとか太い関係を築きたい、というのが本音だろう。


 渡個人としても、祖父江の助言や助力は大いに活用したい。

 小さな規模で終えるならともかく、拡大していくなら協力者はきっと必要になってくるはずだ。


 日本でも有数の資産とコネクションを持つ祖父江は、うまくその力を利用したい。


 とはいえ、経営についてあまり口を挟まれたくないのも確かだったから、あまり近い関係もそれはそれで困るのが悩ましい。


「それでご相談なんですけど、今後量産化の目処が立ってからの話を少ししたくて」

「うん、構わないよ」

「少し調べてみたんですけど、製薬会社として運営するには、認可を得る必要が、今後ありますよね」

「うん。たしか二種類ほどあって、都道府県ごとに届けを出せたはずだ」


 このあたりの情報がすっと出てくるのが恐ろしい。

 一体どれだけ企業経営について必要な知識を蓄えているのだろうか。


 祖父江の能力に若干の畏怖を覚えながら、渡は気になっていたことを尋ねた。


「こういう認可はすぐに下りるものなんでしょうか」

「担当者が項目をチェックして、問題なければ下りる。製薬・創薬の分野は飲食店ほど雑ではないけれど、ちゃんと準備しておけば問題ないね」

「そうですか。それは良かったです」

「おそらく問題となるのは、営業認可の部分ではなくて、実際に創薬が新薬として認められるかどうかの部分だろう」

「そうなんですか?」

「うん。ここで臨床研究と非臨床試験の結果を厳しくチェックされる……んだけど、正直にいうと政治が絡むことが多い。大金が動くからね。ライバルの製薬会社が横槍を入れてきたり、利権に噛みたい政治家が、データが不十分だとか、安心性に心配があるとかストップの声をかけてきたり、予想外のやり取りがされるおそれがある」


 うへ、と声が漏れた。

 そういった政治的なやりとりには嫌悪感が湧いてしまう。


 認可されていないポーションを売っている渡がどの口で、とも思うのだが、自分が伺い知れない所で勝手にされるのは気分が良くないのは当然のことだ。

 渡の態度を電話越しに感じたのか、祖父江が苦笑した。


「逆に政治家の強烈なプッシュで、本来認可されるとは思われない薬が認可を受けたりする例も見られる。緊急承認制度という近年の改正薬機法の制度を利用したケースだね」

「なにか問題になってるニュースを見たことがあります」

「制度的には必要なものだったが、制度の使い方が良くなかった。それはともかく、本当に必要な薬は承認も早くなる。これだけ効果が出ている薬ならなおさらだ。厚労省だって予算の削減を一刻を争って実現したいだろう」

「少し安心しました」

「君がするべきことは、量産体制を整えること。科学的なデータを一日も早く蓄積することだね」

「がんばります」


 信頼できる薬剤師を募集する所から始めないといけなさそうだ。

 ともかくとして、やるべきことが明確になるのは良いことだ。


「まあ、どちらにせよ、君の薬の効果を知れば、承認されるのは間違いないと僕は睨んでる。官僚や政治家だって、自分が噛みたいと思う者は多いだろうが、薬をチラつかせれば、引っ張る手口はいくらでもあるだろうね」

「そうですか?」

「ふふ、政治家ほど自分の健康に怯えている人間はいないよ。いつか朝の議員宿舎を見てみると良い。朝一番からウォーキングしてる議員がどれだけいることか」

「はあああ……」

「僕もあれから体調がすこぶる良くてね。周りから羨ましがられるんだ。いつかネタバラシできる日を楽しみにしてるよ」

「一日も早く迎えられるように頑張ります」

「ぜひそうしてくれ。それじゃあ、僕はこれから会食があるから失礼する」

「はい、ご相談に乗っていただいてありがとうございました」


 おそらくは秘書から急ぐように伝えられたのだろう。

 慌ただしく電話が切れた。


 とにもかくにも、ステラが地球の薬草からポーションを継続的に量産できることを明らかにしないことには話が進まない。

 とはいえ、薬草が育つのには時間が必要だ。


 それまでに渡ができることは、製薬工場の設備投資を少しずつ始め、いざという時に後押ししてくれる強力な仲間を増やすことだろう。

 とはいえ、まだ官僚や政治家と絡むには時期尚早に思えた。


「となると、この依頼は絶対に受けるべきだよなあ……」


 渡は英語で書かれたメールを見た。

 マネージャーが書いたとされる文章は、翻訳してみるとゴルフ界でも一二を争う著名人、タイガン・ウッドローの名があった。


 歴史と伝統があり、賞金額も大きい四大大会を何度も制覇した、レジェンド中のレジェンド。

 生ける伝説の選手だ。


 近年では度重なる負傷によって、コンディションが極めて悪い状態が続いていることも知られている。

 ポーションの購入を機に復活するとなれば、非常に強力な後ろ盾となることだろう。


 ただ、気になる点が一つだけある。

 それは紹介者として、グレート山崎の名が挙がっていたことだった。


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