『エルヴンアトリエ』という社名を決めたら、後は会社設立に向けて一つ一つ手続きを取っていくだけだ。
とはいえ、実際にはその手続が膨大で、一つ一つがとても面倒くさい。
渡はやることリストの項目を作った時点で、その面倒さを想像して頭を抱えて唸った。
「うあー、面倒くさい、丸投げしたい~、司法書士の先生から脳みそチューチューしてもらって自動書記してほしー」
「ご、ご主人様がんばって。ほ、ほら、ご主人様が大好きなおっぱいとお尻ですよー。がんばれー!」
マリエルが渡の手を取って、露骨にお尻に誘導した。
ぷりんとした張りのあるお尻がスカートに包まれて、左右にフリフリと振られた。
最近マリエルは地球文化に詳しくなって、今もチアガールっぽい動きをして応援してくれる。
ミニスカートで大胆に脚を上げるものだから、ショーツが丸見えじゃないか。
今はそういう気分じゃないんだよな。
と言いつつ、視線はチラチラと見える股間に固定されてしまうものだから、男の性ってのはどうしようもないな、などと自虐的に笑った。
「うう、ありがとう。はあ、生き返る……、よし、頑張るぞ!」
「はい。がんばって下さいね!」
マリエルは笑顔でささっと衣服を整えた。
完全に上手く操縦されている感じがするが、ありがたい。
会社を設立するには、最低限度、いくつも決めなければならないことがある。
会社名もその一つだ。
その他、会社の所在地を決めて、資本金を設定することも大切。
所在地は山にするべきか、あるいは喫茶店にするべきか悩んだが、ここは喫茶店にしておいた。
山を持っていることは調べたら分かるだろうが、それでも会社情報を調べるよりは手間がかかる。
やらないよりはやったほうがマシという程度だが、山の存在を隠しておくことにした。
まあ、ちゃんと手間をかけて調べたら、すぐに分かっちゃうんだが。
資本金については、ひとまず一千万円に決めた。
いわゆる一円起業も可能だが、ある程度あったほうが社会的信用も高まるだろう、という判断だ。
今のところそのつもりはないが、銀行から融資を受ける場合には、資本金の額や決算情報を見られるらしい。
これまでフリーランス一本でやってきた渡には縁のない話だったが、税理士と司法書士の先生から言われて、念の為に一千万に設定した。
分からないことは、専門家の助言に従っておくのがベターな選択だ。
もっと高く設定することも不可能ではなかったが、あまり増やすと今度は逆に管理が増えて大変だと言われて止めておいた。
中東に置いている大金を使って会社設備を整えてもいいし、銀行から借りても良い。
このあたりは今後の判断次第になる予定だ。
予定は未定ともいうが、唸るようなお金があると選択肢が広まってくれる。
設立日と会計月はどちらも四月に設定した。
さて、会社設立の手続きで問題となったのが、事業目的だ。
渡が本来真っ当に行いたいのは、ポーションを医薬品として認められ、大手を振って製造販売を行うこと。
ところが、医薬品製造業を営むには、事前に『医薬品製造業許可』『医薬品製造販売業許可』の取得が必須になる。
そして、渡はこれらの許可をまだ未取得の状態だった。
「というか、申請には登記簿謄本や設備概要、建物の見取り図や配置図などが必要になり、明らかに個人でできる状況ではない上、薬剤師の国家資格が必要なんだよなあ」
「ご主人様が資格を取るより、薬剤師を雇用する方が早そうですね」
「ああ。口が固くて信頼できる、な」
「人探しが大変そうです……」
「まったくだ」
そのため、ひとまずの事業目的は、
・食料品および飲料品の小売業
・日用品雑貨の製造販売
・スポーツ用品製造販売
とした。
喫茶店の経営と、ステラの今後作る錬金術の品を販売する未来を想定してのことだ。
また役員の任期や報酬についても考えなければならない。
そういったことを司法書士の指示を受けながら受け答えをして、定款を作っていく。
「この事業目的とか定款を変えるのに、一々三万円もいるんだって。ボッタクリじゃない?」
「詐欺防止とかを目的としてるんでしょうかねえ」
「ああ、そういう考えもあるのか。たしかに一定の抑止にはなるのかな?」
お金がたくさんあるんだから良いのでは、とはならないのが人の業というものだろうか、と渡は手数料の高さに不満を覚える自分の感覚を少しおかしく思った。
実印の印鑑の作成。
これはウェブではなく、実店舗を利用することにした。
スピード作成で、三〇分もあれば作ってくれる。
住んでいる場所が繁華街にほど近い天王寺で本当に良かった、と思った。
案外と、こういったものはウェブよりも実店舗のほうが早かったりする。
「ご主人様、実印の作成をして、届書の手続きもしてきました。こちらが法人用実印、こっちが銀行印、こっちがご主人様や私たちの実印です」
「ありがとう。まさか印鑑ひとつでもこんなに手間がかかるとは思ってなかったから、助かるよ」
「こういうのも、私たちの国だと作るのが大変ですから、良い商売になるかも知れませんね」
「魔術的な印章とかはないのか?」
「まったく無いわけではありませんけど、手間と費用を考えると、大貴族や国家の規模じゃないと使われませんね」
「ふうん……。受注生産して、こっちの店で纏めて依頼するのはありだなあ」
手彫りで職人が作る逸品も素晴らしいが、まとめて作るなら日本で作ったほうが早いのは間違いない。
やるかどうかは別として、こういった商売はたくさんありそうだ。
その後、法人の銀行口座を作って、株式会社の登記申請手続きを司法書士に行ってもらう。
「あとは、あとは何が残ってる……?」
「法人届出書を税務署、都道府県税事務所、区役所への届け出、社会保険や各労働保険の手続きが残ってますよ」
「やることが……やることが多い……!! ……もうポーションの製造とかしなくてもいいんじゃないかな……」
「ああ、ご主人様がまた落ち込んでる!? が、がんばってください! ほら、がんばれー! エアも応援して!」
「えー? あるじがんばえー」
節税と今後の会社運営を見据えてとはいえ、積み重なる手間を前に、渡は何度も挫けそうになった。
マリエルの熱心な、そしてエアの雑な応援に助けられて、渡はなんとか作業を終えることができたのだった。