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第37話 高校生の購入者 高尾流夜②

 渡は改めて、メールの文面を読んだ。


 普段メールなど出さないのだろう。

 辿々しさの残る文章だが、可能な限り自分の思いを伝えようとする文章が書かれていた。


『堺渡様

 はじめまして。

 飯田選手から紹介してもらって、メールしています。


 僕は高校二年生で、ユースでサッカーをしています。

 先月、J2に招聘された大会で膝を痛めてしまって、手術をしても以前のようには動けないとお医者さんから診断されてしまいました。


 僕は今、バルセロナのチームから移籍の話があって、このチャンスをどうしても逃したくありません。

 将来は世界一のMFミッドフィルダーになりたいんです。


 そのためにずっと練習してきました。

 でも、今のままだとサッカーそのものを諦める必要が出てきました。

 どうか治してもらえませんか。


 飯田さんから、大阪に行く必要があること。大金が必要であることは聞いています。

 両親は一緒に行けそうにないので、僕一人で向かいます。


 勝手なお願いだとは理解していますが、協力してもらえると嬉しいです。

 よろしくお願いします。


 高尾流夜』




 悪い話とは思えない。

 文章だけでも、それなりに誠実そうな性格は窺えた。


 とはいえ、こちらが連絡を取ってしまうと、話が前に進んでしまう。

 その前に、一度紹介元に話を聞いておく必要があるだろう。


 渡が電話をかけると、飯田はすぐに出てくれた。


「飯田さん、お久しぶりです。高尾さんのメール見ました。ご紹介いただいてありがとうございます」

「久しぶりっす。彼ねえ、できたら力になってあげて欲しいっすね!」

「どういう子なんです?」

「めちゃくちゃ努力する天才っす。才能にあぐらをかかないで、真面目に淡々と努力できる化け物っすね」

「努力する天才、ですか」


 すごいパワーワードが飛んできた。

 飯田は格闘技界の王者であり、その才能は誰しもが認めるところだ。


 その飯田がここまで絶賛するのだから、相当な逸材だろう。

 天才は天才を知るということか。


 ただ、格闘技界の王者が、ユースのサッカー選手とどうやって知り合ったのかは気になるところだった。

 単刀直入に問うてみると、飯田は隠すことでもないのか、すぐに答えた。


「うちのジムが動画配信をしているのは知ってるっすよね?」

「ええ。元々お会いする前に見てましたし」

「その配信で格闘技系以外の才能のある選手に出てもらおうって企画があったんすよ」

「はあ。どういう感じの内容です? 飯田さんと殴り合うんです?」

「いやいや、そんなことしないっすよ! ド素人相手にやったらただのリンチっすよ。まあサッカー選手相手なら、キックのやり方を教えてミットを蹴ってもらったりはするけど。基本的には垂直跳びの高さとか、ダッシュのタイムを計ったりして身体能力の高さを知ろうって感じっすかね」

「やっぱり配信に呼ぶぐらいだから凄いんですか?」


 些細な疑問だった。

 軽い気持ちで問いかけた質問に対し、しかし飯田はとても真剣なトーンで返した。


「凄いなんてもんじゃないっすね。彼はまだ十七歳。なのにシンプルな動作なら、プロの水準に充分達してるレベルっす。競技のセンスはもっとすごくて、今の時点で日本代表レベルっすよ」

「はー、すごい」

「おまけにサッカー選手は言語化能力や運動時の思考能力が高いことで知られてるんだけど、彼はめっちゃくちゃ考えてるんすよね。もうめっーーちゃくちゃっすよ。しかも超貪欲で、配信中もどういう点を意識してるかとか、どういう考えでこの動作をしてるのかとか、すごく質問されたんすよ。参ってしまったっす」

「なんて答えたんですか?」

「え、分かんないって。全部なんとなく勘でやってるって答えたら、呆れられたっす」

「タイプが違う」


 思わず笑ってしまった。

 エアも格闘や戦闘についてすごく考えているのは分かるのだが、それを理論立てて答えるのは苦手なタイプだ。


 ただ、ハイレベルな選手でも、言語化は苦手な人は珍しくない。

 これは学習の仕組みと関係していて、反復練習をすることで、意識してやることを無意識にできるようになる。


 トップクラスの選手はこの自動化のバリエーションがとても豊富で、かつ洗練されている。

 ただ、その無意識レベルの動作が増えれば増えるほど、当たり前になるからこそ言語化が難しさにも繋がるのだ。


「話を戻しますね。で、高尾くんなんだけど、先月に膝をやってしまったみたいなんすよ。将来は世界で間違いなく活躍する逸材だけに、放っておけなくて。それで話を持ちかけてみたんすよ」

「なるほど。お金と秘密保持契約販売先については大丈夫なんですか? なんだか一人で大阪に来るって書いてましたが」

「まあ、その辺りは家庭の事情とかもあるだろうから、本人の口から聞いたほうが良いかなー。ただ、おかしな人達じゃないと思う、とだけ言っておくっすよ」

「なるほど。そこがハッキリしただけでも助かります。相手がどんな家庭事情であれ、お金を払えて約束を守れるなら、別に選り好みはしないので」

「彼をよろしくお願いします」


 っすっす、と軽い口調だった飯田が、このときばかりは真摯な声で話しかけてきたこともあって、飯田の本気の気持ちが伝わってきた。

 それだけ高尾の実力や人柄を評価し、本当に良くなってほしいのだ。


 この依頼は受けるしかないな、と渡は決断した。


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