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第36話 高校生の購入者 高尾流夜①

 渡はその後、マリエルと死語ニャンニャンしたり、クローシェを調教ワンワンしたりとコミュニケーションをしながら、その後も昼も夜も精力的に動いて忙しく過ごしていた。


 異世界ではウェルカム商会再興のために、砂糖やコーヒーを一時的に多く運び入れたし、ラスティのいる教会に神字を学び、モイーや教授に付け届けを渡すなどした。

 地球では山の管理、農園の拡張、ポーションの実用化に向けた準備と研究、そして転移の準備とやることは多々あった。


 そうこうしている内に、本格的に春が来た。

 桜が咲き、風に吹かれて、雨に打たれて花びらが散っていく。


 満開の桜が葉桜になり始めた頃には、陽気はますます増して、春日和というよりは、暑すぎる日も増えてきた。

 長らく冬の装いを続けてきた渡たちも、暑さを覚えて春物を着るようになりはじめた。


 渡の人生が大きく変わったのが六月のことだ。

 もうすぐ一年が経つのか、という思いと、まだ一年も経たずにここまで物事が動くのか、という驚きがある。


 もう一生働かなくても良いんじゃない、と思わないでもない。

 なんといっても、法人としてとはいえ、預金が五百億もあるのだ。

 もはや人生を数十回やり直しても、一度も働かなくていいぐらいの大金だ。


 それでもこうして渡が精力的に動き続けるのは、自分がお地蔵さんに、時と空間の神ゼイトラムに選ばれた使命を感じているからだ。


 中東から帰ってからも、ポーションの販売を続けていた。

 喫茶店に時間をずらして人を呼び、秘密保持契約を結んで、振込を確認した後販売する。


 その全員が、何らかの業界ですでに実力を認められたプロフェッショナルな人々だったために、改善は劇的で非常に感謝された。


 値段設定を考えれば、仕事がかかっていない人が気軽に出せる金額ではないから、当然の結果だろう。


 渡はパソコンを操作し、メールを確認する。

 紹介ありきの販売方法とはいえ、その効果は本物だから、今も多くの依頼のメールが届いていた。

 多すぎて厳選しないといけないぐらいだった。


「とはいえ、全員に売れるわけじゃないんだよなあ」

「条件が合わない方も少なくありませんね」

「ああ。まさか値引き交渉をしてきたり、移動ができないなんて言われるとは思ってなかったよ」

「皆さんそれなりに成功しているから、気が強くなってるんでしょうかねぇ……わたしは信じられません」


 ステラが信じられないと首を振る。

 だが、どことなく甘く柔らかな声の調子もあって、そこまでキツく聞こえないのが、ステラの良いところだ。


「紹介元が広がるにつれて、質の低下は避けられないのかなあ」

「だからこそ、こちらが厳選する必要がありますね。ご主人様、こちらがお断りのメールになります。確認して問題なければ、送信をお願いします」

「ありがとう。マリエルには助かるよ」


 マリエルは異世界の文章が読める転移のシステムを利用して、依頼メールの振り分けと、定型文での返信の下書きをお願いしていた。

 細かな文章の修正については渡の仕事だ。


 数が多いだけに、振り分けだけでもしてくれたら、非常に処理が早くなって助かる。


 マリエルの振り分けの仕方は単純で、こちらの要望を理解している受けても良いもの。

 判断に迷うもの。そして『論外』の三つだ。


 残念ながら、『論外』に該当するメールも珍しくない。


「とはいえ、こういう相手ほど逆恨みしてきそうで怖いんだよな」

「融通を利かせて当然、と勘違いされてる方も少なくありませんからねえ」

「俺達はまだ認可を受けてない違法行為の状態だからな、その辺りは慎重に対応しないと。あー、量産化に成功して、臨床試験とか受けれるようになりたい」


 そのためには多くの手順を踏む必要があり、まだまだ時間がかかりそうだった。


「あ、ご主人様、こちらは飯田選手からですよ」

「おっ、飯田っち!? なになに、アタシと再戦の希望!?」


 総合格闘家の飯田とはあれからも親交が続いている。

 特にエアは、こちらの世界で戦える数少ない相手だったということで、かなり気に入っているようだ。


 国籍を取得したから、今後は対戦できる相手も増えることだろう。

 渡はメールの文面を読み、表情を困惑させた。


「いや、どうも違うらしい」

「なーんだ。違うのか」

「まあ、そっちも今度できるように話してみるよ」

「お願いね、主! それで、じゃあどういう内容だったの?」

「どうも、飯田さんの知り合いにポーションを売ってくれないかだって」

「飯田さんの紹介なら、変な人でもないのではないでしょうか」

「ああ。俺もそういう心配はしてないんだけどな……」


 渡が困惑したのは、その相手がまだ高校生の男の子だったことだ。

 しかも当日は両親が帯同するのではなく、一人で東京からやってくるつもりらしい。


 これは詳しく話を聞く必要がありそうだな、と思った。


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