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第34話 クローシェの反省

 目がキョロキョロと泳いで、クローシェが冷静さを失っているのはすぐに分かった。

 本気で隠し事をしなければならないときは、体臭や心音をごまかせるぐらいに対策できるというのに、あまりにも分かりやすい態度だ。

 本質的には隠しごとに向かない性質なのだろう。


「クローシェ、さっきから落ち着きがないが、どうした」

「いえ、その、あのー……」

「クローシェがまさかそんなに魔法に達者だったとは思わなかったよ。俺としてはステラと協力して造ってくれる形にしようと思ってたけど、あれだけ啖呵を切ったんだ。大丈夫だよな・・・・・・?」

「あう……」


 涙目でぷるぷる震えるクローシェは見ていて可愛らしい。

 先ほどまで元気に振られていた立派な尻尾も、今はシュンと垂れ下がってしまっていた。


「まさか誇り高い黒狼族が、見栄を張って実はできませんでした、なんて顛末にはならないだろうし、あー、楽しみだなー!」

「ふ、ふええ……お、お姉様ぁ」

「アタシはだ。一度は助けたし、それを跳ね除けてさ、自業自得じゃん」

「あうあうあう……反省してましゅ……」


 ちらっと上目遣いに見てきて、ものすごくいじらしくて可愛い。

 が、ここで許したら本当の意味で反省しないだろう。


 わざとふいっと顔を横に逸らすと、露骨にがーん! という表情を浮かべて狼狽し始めた。

 服の裾をちょいっと掴んで、くーんくーんと鼻息を鳴らす姿はまさに駄犬の反省してますポーズだが、お腹を見せているとはまだ言えない。


 許してあげたい気持ちをぐっっっと堪えて、顔を横に向けたままでいると、オロオロと左右を見渡し、マリエルと目があったらしい。


「まあまあ、ご主人様、たしかにクローシェに任せるのも手ですが、分散できることは、手分けして負担を減らすことも大切ですよ。クローシェが実際にできるかどうかは別にして」

「で、できまっ! …………あうぅぅ……できましぇん……」


 ギロっとマリエルに睨まれて、クローシェはついに見栄を張る事を断念した。

 まったく、最初から素直になっていれば、こんなにも話がこじれなくて済んだんだ。


 渡としてもすぐに許してやりたかったが、あまり主である渡が甘いと、マリエルやエアたちにも示しがつかない。

 先ほどまで、魔術を披露して少し得意げだったステラが、今は所在なさげにオロオロとしている姿を見ると、すぐに許してやったら立つ瀬がないだろう。


 その点、マリエルがうまく取りなしてくれたのは助かった。

 渡にも許す余地が生まれる。


 マリエルと目が合うと、軽く頷かれた。

 これで許してやってくれ、ということだろう。

 ナイスフォローだ。


「ステラ、一度活躍の場面を取り上げる形になったけど、クローシェを許してやってくれるか。この狼どころか犬娘は、すぐに見栄を張るんだ」

「大丈夫ですぅ。クローシェさん、わたしのは見た目があまり綺麗ではないので、表面処理をしてもらえますかぁ?」

「まったく、ステラのほうがよっぽど大人だな。先輩奴隷として恥ずかしくないのか」

「うぐぐぐ……」


 なんだか羞恥心に悶えているクローシェを見ると、意地悪したくなってくるから困る。

 昼間はしないのだが、夜は結構そういうプレイを楽しむのだ。


「クローシェ。ほら、お手だ」

「わ、わたくしは、ほこりたかきけんろうぞくの……ワ、ワン」

「よしよし。良いぞぉ」


 まさかお姉様やマリエル、ステラのいる前で!?

 そんな驚きの目をして渡を見つめていたクローシェだが、許す気はないと分かると、おずおずと手を出した。

 軽く握ったクローシェの手が、渡の手のひらの上にぽん、と置かれる。


「ほら、おかわりだ!」

「くぅッ……! わ、わん……」

「チンチン、伏せ」

「~~~~~っ!? …………わん! わんわん!」


 顔を真っ赤にして、恥辱と屈辱と、かすかな興奮に塗れながら、クローシェは奴隷紋が焼き付けられたお腹をぺろん、と曝け出した。

 ピンク色の複雑な模様を描かれた奴隷紋が、ピカピカと明滅していた。


 まあ、お仕置きはこの辺で終わらせておいていいか。

 なんだか、マリエルたちの目線が呆れとも軽蔑ともつかないものに変化しているしな。


 べ、別に俺がしたいわけじゃないんだが?

 クローシェに調子に乗り過ぎたら駄目だと、報酬と処罰で躾けているだけなんだが?


 言い訳しても、信じてもらえそうもない顔つきだった。


 躾ならぬトリックを命じ終えると、クローシェは肩で息をしていた。

 たっぷりと汗をかいて、恥じらいの表情を浮かべる姿がいやに様になっている。


「よし。反省したか?」

「も、もう二度と調子に乗りませんわ……。屈辱でしたの……」

「そうか。繰り返さないことを願うよ」

「クローシェは繰り返すと思うな、アタシ」

「私もです……」

「あはは……わたしも、ちょっと信用できないですねぇ……」

「ギャフン……!」


 渡も、クローシェはまた調子に乗ると思う。

 これではまったく賭けが成立しないだろう。


 周りのある意味で安定した信頼に、クローシェは久々にギャフンと鳴いたのだった。


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