畑の様子も気になるが、防壁を作れるかどうかも非常に重要な課題だ。
クローシェとステラの二人が魔法で解決できるならば、秘密の漏れる可能性を減らす意味でも、対処してもらったほうが良い。
元々が手入れもされていない山ということもあって、木々が密集して鬱蒼としている。
暖かかった空気が、しっとりと、ひんやりとしたものに変わったのを渡は感じた。
強く吹いていた春風も、いまはしんとしている。
とはいえ、嫌な感じではない。
神社やお寺の中にいるような、どことなく心が落ち着くような雰囲気があった。
木々の生える場所に香る、独特な森林臭は心を落ち着かせる。
自然と渡はリラックスしていた。
さく、さく。ぱきっ。
足を踏み出すたびに、積もった落ち葉や乾燥した小枝が小気味の良い音を立てる。
「この辺りまで来たら、只野さんの目にも、道路からも目が届かないんじゃないか?」
「そうですわね。空気中に魔力が豊富で、これならわたくしも行けそうですわ!」
「うふふ、わたしも大丈夫ですぅ」
むん、と気合を入れるクローシェは尻尾を振って、バインと胸を張り。
ステラも言葉こそゆったりとしていたが、車に積んで持ってきた杖を掲げて、気合十分なようだ。
まあ、駄目でも外注すれば良いということで、渡としては気楽な気持ちで構えている。
「一般人では間違っても入ってこれない高さ、二.五から三メートルはほしい。迷ったんじゃなくて、意図的に入ってきたとわかる形じゃないと、警察を呼んだりしづらいからな」
「空堀は作ってもよろしいですの? 無い所から土を創るより、周りの土を集めた方が、魔力の消費は少なく済むのですけど」
「どっちでも構わないが、堀があったほうが高低差がより生まれるか。できれば外堀を深くしてほしいかな」
「分かりましたぁ。ではエルフに伝わる魔術をお見せするときですねぇ」
「わ、わたくしも負けていられませんわ!」
エルフと言えば弓と魔術に強いというのは定番だが、ステラも相当に自信があるようだ。
ざっくりと線を引いて、ステラが右側を、クローシェが左側を担当することになった。
『土の精霊さん、高い壁を作ってくださいなぁ。堀も作ってくださいなぁ』
『土塊固まりて城壁と成せ、高く強固に聳え立て!』
「おお、格好いいな! いいなあ、俺も使いたいなあ!」
相変わらず、ステラもクローシェも口の動きと、聞こえてくる言葉が一致しない。
だが、だからこそと言うべきか、直感的に魔法の言葉の意味が理解できた。
ステラはおそらくは土の精霊や妖精に呼びかける精霊魔法と呼ばれるものを。
そしてクローシェは、魔術的なものを使っている。
魔術の素養のない渡だが、何かしらの力がブワッと溢れて動くのが分かった。
この感覚は知っている。
古代遺跡で感じた濃密すぎる魔力の、その弱いものだ。
ステラの前でズドドドド、と瞬く間に地面が盛り上がり、高い防壁ができた。
土そのものといった素朴な質感だが、おそろしく固く圧縮されているのか、表面がわずかにテカテカとしている。
石英が一部ガラス化しているのかもしれない。
「はー! すごいな魔法って!」
「こんなことしかできなくてすみません」
「いや、誇っていいぞ。すごいすごい!」
「あ、あんまり褒められると照れてしまいますぅ」
相変わらず自信のないステラは、謙遜していたが、嬉しそうにはにかんだ。
対してクローシェの言葉に従って、魔法陣が現れた。
光放つ摩訶不思議な呪文が書かれ、魔法陣に従って、光が線となる。
線に従う形に、光の線が壁が瞬時に変化した。
定規で切り取ったような直角の美しい石壁と空堀は、外観も美しい。
「おおっ!? こ、こっちは石壁だ! すごく硬そうだな!」
「……はっ! はあっ! はあっ! と、当然ですわっ、んはっ、はあ!」
顔を真っ赤にしたクローシェがつらそうに全身で息をしている。
クローシェは相当な魔力量の持ち主という話だったが、それでも相応の消耗を強いられるのだろう。
「クローシェ、良いところ見せようと張り切りすぎ」
「そそそ、そんなことありませんわ! わたくし、この程度余裕ですのよ!? お茶の子さいさいですわ!」
「はいはい、見えっ張りなところ、アタシは嫌いじゃないよ」
やはり相当な負担がかかるようだ。
見栄っ張りで頑張り屋で、少しおっちょこちょいで。
今も認めてもらおうと、尻尾をブンブンと振り回す姿は、性格がわかっていれば可愛らしかった。
とはいえ、無理はさせられない。
「クローシェ、張り切ってくれるのは嬉しいが、これ山を一周するんだぞ。正直に答えてほしいが、この方法はそこまで可能なのか?」
「で、できらあですわ!」
「本当のことを言ってほしいんだが、大丈夫か?」
「わたくしの魔法は簡単に山一周、この石壁を作れると言ってるのですわ!」
「主、クローシェはちょっとムキになってるから、アタシが謝るね」
「いや、せっかくここまで強く言ってるんだ。クローシェの思いを尊重して、山一周、この石壁を作ってもらおうか」
「え!? 山一周、この石壁を!?」
自分で言ったんだろうが!?
せっかく代わりに謝罪して矛を収めようとしたエアの好意を無視して、なお主張したというのに。
ビックリしたクローシェの顔を見て、むしろ渡のほうが仰天してしまった。