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第32話 薬草園②

 黒ぐろとした土は、よく撹拌されて空気を含んでいるからか、ふわふわと柔らかく、また太陽の光を浴びて温かかった。

 渡たちは、いくつもの畝が不格好ながら作られていて、そこに薬草の種を植えていく。


 薬草には種類があった。

 急性治療用、慢性治療用で用いる植物が異なってくる。


「あなた様、この少し青みがかった種がジョゼッペっていうんですよぉ。これ一袋で銀貨がいっぱい飛ぶぐらい貴重な種ですぅ」

「おお……そうか」

「他の薬草では代用が難しい植物なので、大切に育てましょうねぇ」

「分かった。高いなあ……」


 特に魔力を必要とするのが慢性治療用のもので、癒し手の花ジョゼッペと呼ばれていた。

 多年生植物で秋口に白と黄色の花を咲かせる。

 葉も茎も根も、花から採れる蜜も薬効があり、捨てるところのない優秀な薬草だった。


 本来はそこまで土壌にこだわらずとも育つ、生命力に富んだ草だそうだが、薬効をより高めるために、土を作ってもらった。

 このあたりはかなり塩梅が難しいらしく、厳しい環境のほうが薬効が強くなるような種もあるようだ。


 暑さのキツい年の葡萄酒が美味しくなるようなものだろうか。


 畝に種植え用の筒をぶすっと指し、トリガーを引く。

 空いた穴に種を蒔いて、筒を抜けば自然と土が被さる。


 そんな作業を続けるわけだが、渡には一つ懸念があった。


 マリエルたちのような美人にやらせていい作業なのだろうか、ということだ。

 特にマリエルは、辺境の田舎もいいところとはいえ、一応は貴族のお嬢様だ。


 奴隷の身に堕ちたとは言え――


「えっ、ぜんぜんできますよ? っていうか、私も普通に野良仕事手伝っていましたし」

「そうなのか?」

「ご主人様は貴族に憧れがあるかもしれませんが、貧乏貴族なんて思ってるより楽な暮らしじゃありませんよ」

「それは以前も聞いたけど……」


 貴族って、貴族ってなんなのだろうか。

 マリエルのあっけらかんとした物言いに考えさせられた。


 マリエルだけでなく、エアやクローシェも、騎士としての家名を持っている。

 そんな彼女たちは、位こそ立派でも、実際には野良仕事も戦で手を汚すことも厭わない。


 時には資産の持っている商人のほうが、田舎の貧乏貴族よりも遥かにいい暮らしをしていることも多いらしい。


「世の中お金なのかなあ」

「お金で品性は買えませんから、ご主人様の良いところは失ってほしくないですね。とはいえ、その心配はなさそうですけど」

「そうか? もしかしたら豹変するかも知れないぞ?」

「五百億もの大金を持ってまだ変わらないんですから、一体どれぐらい稼いだら変わるつもりですか?」

「それもそうか。とはいえ、大金すぎるのと、使ってないこともあって実感が湧いてないんだよな。通帳の数字だけっていうか」

「私は今のご主人様でいいと思います。さ、種植を進めちゃいましょう」

「あ、ああ」


 そういえば自分も大富豪だった。

 それが信頼できる人がいないからと、他人を顎で使うわけでもなく、地道に野良仕事をしているのだから、自分も大概だな、と苦笑してしまう。


 それもトラクターを使うわけでもなく、手作業で一つ一つやっているのだ。

 今後近代化を進めていくのも考えないといけないだろうが、体を動かすのはそれなりに楽しい。


 温かな日差しと春の強い風が、暑さと涼しさの両方をもたらしてくれる。


「皆でやればけっこうすぐに終わるな」

「まだまだ畑の面積が広くありませんからねぇ。とはいえ、冬植えは駄目ですが、他の季節ならできるので、拡張しながら順次育てていけばいいでしょう」

「数年がかりの計画だが、やがて立派な薬草園になりそうだな」

「そうですねぇ。その時には人を増やしたりできたら良いのですが」

「異世界から奴隷を購入するのも本当に考えないといけないかなあ……」


 戸籍問題があるから、本当にやりたくない最後の手段だ。

 はやく信頼できて裏切らない雇用関係をもっと増やしたい。

 給料などの待遇を良くして、どこまで防げるだろうか。




 薬草の種植え作業が終われば、次は防壁の設置のテストをしなければならない。

 クローシェとステラが土魔術を使って、土壁を造ってくれることになっていた。


 まともな魔術を見るのはこれが初めてだ。

 作業を終えて農園を後にする前に、ふと気になった渡は、最後まで立ち止まっていた。


「お前たち、早く芽を出して元気に育ってくれよー。世界中の困ってる人々を助けたいからな。頼むぞー」


 植物に声を掛けると、より早く元気に成長する。

 それはただの迷信で、実際にはそんな差は生まれないらしい。


 いわゆるニセ科学と呼ばれるものだが、声をかけたくなる気持ちは渡にもよく分かった。

 せっかく育てるのだ、愛情を注ぎたい、という気持ちが自然と湧いてくる。


 だから、この声掛けもただの自己満足に過ぎない。


 だが、被せた土の中からぴょこっと芽が出てきた時には、本当にビックリした。


「え…………?」


 まるで録画の早送りをしているよう。

 ニュニュニュっと伸びたまだ白っぽい、耳かきほどのサイズの若葉がぴょこっと顔を出すと、三枚葉をぴろっと広げた。


「ええっ!?」

「おーほっほ、私の魔法をお見せしますわー!!」

「主ー! 早く行くよー!」

「ご主人様、急いでください。クローシェさんが暴走しそうです」

「わ、わかった、すぐ行く! …………えええええ!?」


 出たばかりの若葉が、渡に別れを告げるように、左右にぴろぴろっと震えた。


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