三月に入り、かなり暖かい日も増えてきた。
車のウィンドウから覗く木々には若葉が芽生え、桜も少しずつ咲き始めている。
渡たちは車を走らせ、持ち山へと向かった。
運転しながら、バックミラーでチラッと背後を確認するが、ついて来ている車はない。
元々走行量の少ない道だけに、ずっとついて来ているなら、渡でも存在に気づいたはずだが、その気配はなかった。
「尾行は完全に撒けたよな?」
「問題ない。断言できる。ね、クローシェ」
「おーっほっほ! わたくしと! お姉様にっ! 気付けない隠密などおりませんわ!」
「そういう怖いフラグはやめてくれ」
もし、獣人であるエアとクローシェすら欺ける隠密、尾行の達人がいたらどうしようか。
人の気配はともかく、ドローンや発信機の類で後をつけられていたら、気付くのは相当難しいだろう。
今後はますます追跡に気をつける必要がありそうだった。
そして、山道を走りながら、あらためて侵入者の防止について考えてみたが、やはり侵入経路がありすぎるな、と思った。
傾斜がキツすぎたり、木々が生えすぎて移動が困難だったりする場所もあるが、なんとしてでも忍び込もうと思えば、渡のような素人でも山に入ることは可能だろう。
壁や堀、人除けの錬金術、トラップといった対策を施さない限り、いずれ薬草の正体についてはバレると考えたほうが良さそうだ。
「ステラとクローシェは魔法が使えるんだよな。土壁とか魔法で作れないのか?」
「できるかどうかで聞かれたら、できますわよ!」
「わたくしも可能ですぅ」
「できるの!? 自前でできるなら、業者に頼まなくても良いのかな」
「一日で壁とかできてたら、怪しまれませんの? わたくしはそれを気にしてるのかとばかり思っていましたわ」
「いや、そもそも俺が魔法を使えないから、そういう発想がなかった。墨俣城の伝説かぁ……実際問題、こんな田舎道に壁ができてて、気にする人いるかなあ?」
「ご主人様、壁を作るのは、道路から少し奥に入ってからにしたら良いのではないですか?」
「おお、その手があったか」
マリエルに言われて初めて気づいた。
どうしても道路の境界線上に侵入禁止エリアを作らなければならない気になっていた。
だが、別に外縁部に入られても、秘密を探ることはできない。
農園の広ささえ確保できたら、その周りを壁で囲っても良いのだ。
「早速やってみて欲しいな。っていうか、こっちの世界でも魔法は使えるんだったっけ?」
「わたくしもステラも自前の魔力量は相当多いですし、この山は龍脈の関係で空気中の魔力も潤沢ですから、かなり使いやすいですわ」
「そうなのか。もっと早くこの方法に気づいてたらなあ。魔法については目の前で見ても良く分からない」
「まあ、あなた様は残念ながら、あまり魔術の才覚はなさそうですからねぇ」
「ぐっ……」
俺だって魔法が使いたかった、と渡は歯噛みする。
ファンタジーのもっとも面白い分野じゃないか。
その才能が自分にはないと言われて、自分の身が恨めしい。
才能が少しでもあるなら、多少の時間の無理をおしてでも、勉強するつもりは大いにあるというのに。
落胆している渡をマリエルが慰めてくれる。
「ご主人様が魔法を使わずとも、クローシェもステラもいます。人を使う立場であるご主人様が、無理して魔法を使う必要はありませんよ」
「はぁ……マリエルはロマンが分かってないな」
「そんな!?」
ガーン、とショックを受けているマリエルには悪いが、これはそういう理屈の話じゃないんだ。
ロマンや趣味の方面だけに、効率や人を使う云々では片付けられない問題だった。
とはいえ、無い物ねだりをしても仕方がない。
現実的な問題として、自分に魔法が使えないなら、マリエルの言う通り人を使って実現するしかないだろう。
それに魔法も土木工事も、結局は手段に過ぎないのは間違いないのだ。
クローシェとステラの魔法を見させてもらって、問題がありそうなら、土木工事を依頼することになるだろう。
山に入り車を走らせると、薬草園の予定地が見えてきた。
スマホで定期的な報告を受けていたが、こちらに来るのはかなり久々で、実物を見るのは二ヶ月ぶりほどになる。
「おおっ、ずいぶんと変わったなあ! 只野さん頑張ってくれてたんだな」
「本当ですねえ。良い農地になってます」
「そっか、マリエルは領主だから、農地には目が厳しそうだな」
「税収に直結しますからね。でも本当に良い土ですよ」
ただの野原だった土地が、一目でちゃんと農地だと分かるぐらいに変化していた。
雑草を抜き、土を掘り返し、大きな石や小石を取り除かれた土は、黒ぐろとしている。
これは元々山地ということもあって、木の葉が落ちたりして栄養満点になっていたのだろうか。
渡たちの到着に気づいた只野が元気に駆け寄ってきた。
「堺さん、お久しぶりです!」
「只野さん! すごいですねえ。しっかりとやっていただいたみたいで、本当にありがとうございます」
「仕事ですからね。精一杯やらせていただきました」
作務衣や軍手を土に汚した姿の只野は、このしばらくの野良仕事のためか、以前よりも精悍に見えた。
首元にまいたタオルで汗を拭き、謙遜するでもなく誇るでもなく、当然のように言う。
祖父が紹介してくれるだけあって、仕事に対して誠実な人なのだろうな。
自分の稼ぎに直結する自営業ならともかく、誰も見ていない仕事場で、弛まずサボらず自分を律し続けられる人はそれほど多くはない。
「どうだ、ステラ」
「十分な農地ですねぇ。これなら問題ないどころか、最高の条件で育ちそうですぅ」
「そうか……。おかげで早速栽培を始められそうです!」
「本当ですか。何やら貴重な植物ということで、私も成長を楽しみにしています」
薬草の栽培について一番知識があるステラの評価もバッチリ。
だいぶ以前に薬師ギルドのおばちゃんに聞いたところ、薬草は春播きが一番適しているとのことだ。
早速、薬草の種まきから開始することになった。