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第29話 モイー卿による暗躍する敵の推測

 渡を部屋から下がらせたモイーは、自分の執務室に戻った。

 その後、椅子に座ると背もたれに体を預けて、深い溜め息を吐いた。


「厄介な話を持ってくることだ……」


 どっと疲れがやってくる。

 モイーは自分の領地では代官を置きつつも経営し、また財務卿として王都の運営も行っている。


 移動にかかる労力と積み上がる仕事の量を考えれば、常人離れした激務続きだった。

 その上に今回の渡の相談内容は、モイーにとっては重要かつ、足が重くなる難題だった。


『ヘルメス朝の影にリボバーライン王国の手あり』



 モイーは机の上に羊皮紙を開くと、羽根ペンで字を書く。

 王に向けた大切な密書だ。


 リボバーライン王国は東に国境線を接する隣国だった。

 今代の王になってからは、長年不戦条約を締結しているが、水面下の動きが怪しく、蠢動している。


 リボバーライン王国の調略活動はかなり活発で、他でもない先代の財務卿が内応に応じていたことが分かっている。

 直接的な財務卿への抜擢こそ、万華鏡の件があったが、それ以前に内応の証拠を掴み王に密告したことで、モイーの抜擢に繋がっていたのだった。


 宮廷での流言蜚語は常に飛び交い、嘘を嘘と見抜けないと生き抜くことは難しい。

 モイーは隠密衆を使い、宮廷内のことも、国内の様々な事件について情報を集めていた。


「リボバーラインのシャウ家とエッセン家の結婚じたいは事実だった。婚礼の品を求めていたのも本当だろう。となると、両家は白か……?」


 そう判断するのは早計だ。

 被害者を装って、実際には裏で計画を立てていた可能性がある。


「そもそも他国に婚礼の品を集めさせる事自体が常識では考えられないからな」


 ウィリアムが大きな借金を抱えたように、大きな貴族同士が結びつく時、大金が動く。

 領主が税金とした領民から取り立てた大金は、こういった時に領内に使うことで、資金の流動性を確保するのが常だ。


 縁もゆかりも無い他国の商家を利用する、というのはいかに白砂糖を気に入ったなどと言っても、あまり考えられなかった。


「とはいえ、どうしても断定は不可能だ。相手を非難していて、別の証拠を提示されたら、我が国は外交上手酷い被害を受ける。やはり現場からなんらかの痕跡を得たいな。それにしても、国外の傭兵団を利用しているのが分かったのは収穫だった。数ヶ月以内に国境を通過した傭兵を調べさせよう」


 モイーは言葉とともにサラサラと書類を書き続ける。

 傭兵団は、自ずから分かる姿で移動しているとは限らない。


 手間賃代わりにと、商隊の護衛仕事を取っている場合もあるし、なんだったら自分たちが商品を運んでいる場合もある。

 関門の衛兵の観察力頼りになるが、それでもいくつもの関所を通るうちに、怪しい候補は出てくるはずだ。


「もし傭兵団がゲートを利用していたら、とまで考えるのは杞憂か」


 もはや滅多なものでは利用できなくなった、時と空間の神のゲート。

 個人でならば移動できる者もいるだろうが、傭兵団の規模ともなると現実的ではない。


「あとは、略奪品の行方だな。おい」

「ハッ」


 モイーが不意に声を上げると、それまで空気のように待機していた部下が返事をした。


「王都と主要都市のブラックマーケットを隠密衆に探らせろ。締め上げなくて良い。あくまでも出どころを掴むことを優先しろと伝えておけ」

「分かりました」


 足早に部屋を退出する部下の背中を見ながら、モイーはやるべきことを終えた。


「しかし、何が目的なんだ……?」


 それだけがしっくりとこない。

 わざわざ目立っている商家を一つ潰したぐらいでは、大した打撃にはならない。


 ただの嫌がらせとして考えるには、隠蔽の仕方が徹底している。

 調査隊は何の成果も得られなかったが、普通ならこんなことはありえないのだ。


「分からんが……我の領民に手を出したからには、そのまま安穏とはさせてやらんぞ。徹底的に暴いて、手を出したことを骨の髄まで後悔させてやる」


 モイーは厳しい声で、まだ見えぬ敵に対して呟いた。


 そして、ふと表情を緩めると、呼び鈴を鳴らした。

 退出した男と入れ替わって、別の部下がすぐに入ってくる。


 モイーは書類を届けるように命じた。

 そして、仕事が終われば、あとは自由な時間だ。


「おい、カリカリポテトフライとポテトサラダを用意しろ。酒も頼む」

「……閣下。お言葉ですが、これらは相当栄養豊富です。連日の摂取は体重管理によろしくありませんぞ」

「やかましい。我とて問題さえ少なければこんなに食べたくならんのだ。くそ、リボバーラインのやつどもめ……。しかたがない、乗馬の時間を増やす」


「……承知しました」

「不満そうだな。言いたいことがあれば言ってみろ」

「いえ。拙者は閣下の顎周りがふっくらしてきたなどと思っておりませんぞ。このままではモイー芋のようにコロコロふっくら丸々と……」

「お、恐ろしい脅しはよせ」


 モイーは頬を手で押さえた。

 健康管理にはこれでも気を使っているし、そもそも激務続きで食事を取らない時もままあるので、体重は変わっていない。

 それでも言われてみればふっくらとしてきた気もしないでもなかった。


「今日はポテトサラダだけにしておく。シェフにはベーコンと卵をたっぷり使うように命じておけ」

「了解しました」


 まだ何か言いたげな部下をさっさと動くように命じて、その後すぐに作られたポテトを頬張った。


「くはああああああああっ!! うまい! うますぎる……!! 料理長のやつ、また腕を上げたな! ホクホクしっとりポテトに、ゴロゴロじゅわりベーコン! ホクホクのシトシトのゴロゴロのジュワジュワではないか! 酒も合うし今夜はこれで決まりだな! ハッハッハッハッ!!」


 難題を前に不機嫌になっていたモイーは、高笑いを上げてポテトと酒を貪り食べた。

 警備についている部下たちが、ごくりと唾を飲み込んだ。


 美味そうに食いやがって……という怨嗟の声は、今日もモイーに届くことはなかった。


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