ウィリアムが退席し、モイーと応接間に残った。
最後の最後まで、ウィリアムは渡に御礼の言葉を述べ、何度も頭を下げて退席した行く姿が印象的だった。
部屋に残ったモイーの表情は厳しい。
危害が加えられるわけではないだろうが、いい話とは思えない。
一体何の話だろうか。
考えられることはいくつかあったが、すぐにモイーから質問がされた。
「貴様を残したのは、先程の言いかけた話を聞くためだ」
「あー、それはクローシェのことですね?」
「そうだ。国の
「……分かりました。ですが、本来口外できない話です……。内密にお願いします」
モイーが深く頷いた。
まったく余計なことを。
ギロッとクローシェを見ると、露骨にビクッと体を震わせて、あわわわわ、と慌てていた。
ウィリアムの危機を助けてもらうのだから、情報提供を求められるのは当然かも知れないが、だからといってあまりにも隙が多い。
特にクローデッドが情報を教えてくれたのは、クローシェの家族に対する信頼あってこそだろう。
そうでなければ、クローデッドが依頼内容を外に漏らすとは考え難い。
結果として、クローシェのミスが原因で、兄の信頼を裏切ったとも言えてしまうのだ。
これが致命的な問題にならないように、上手くカバーしなければならない。
「つい先日の話です。うちのクローシェが、兄と久々に会いました。クローシェは西方諸国で活動している、黒狼族の傭兵団の一員です」
「ほう。我も名前を聞いたことがある。非常に勇猛な傭兵団だそうだな」
「その傭兵団に依頼の手紙が届いたそうです。そうだな?」
「は、はい……。そうです……わ」
「クローシェ、もう仕方がないから、気持ちを切り替えろ。兄にありもしない疑いが向かないように、話すならちゃんと事情を説明して、疑いを晴らしたほうが良い」
「はい。申し訳ありません」
シュン、と気落ちしているから、反省はしているのだろう。
依頼元は明かさなかったが、ブラド傭兵団に依頼があったことと、その内容も伝える。
そして、大切なことだが、依頼を受けていないこともしっかりと念を押して伝えた。
「ブラド傭兵団に疑いがないのは分かった」
「信用していただけるのですが?」
「関所で通ったかどうか調べれば分かることだからな。ここで直ぐにバレる嘘をつく必要もあるまい」
傭兵団ともなると大移動になり、水も食料も寝る場所も確保するには街道を通る必要がある。
短距離であれば隠密行動も可能だろうが、一国を超えて移動するには無理があり、どこかで必ず補足されてしまうだろう。
それにクローデッドたちは堂々と関所を越えて来ているはずで、そこでも疑惑を持つ余地がないはずだった。
「なるほど。信用していただけて良かったです」
「ホッとしましたわ。もう少しでお兄様たちにぶっ殺されてしまうところでした」
「これに懲りたら、エアを見習ってこういう交渉時には余計な口を開かないことだな」
「承知しましたわ。ヨヨヨ……」
「バーカバーカ」
ボソボソと獣人種だけに通じる非常に小さな声で、エアがクローシェをバカにした。
今は反論する余地もなく、口を開くなと釘を差されたばかりとあって、クローシェは涙目になってプルプルと震えて耐えるしかなかった。
そんな後ろのやり取りに気付くことなく、渡とモイー、そしてマリエルは話を続ける。
「我の失策を願っている政敵がいるかどうかだが、自慢ではないが、これでも相当に多い」
「えっ、敵が多いって自慢になるんですか? 敵を増やさないほうが良いのでは?」
「ふむ……まあ貴様はまだ若いし、政治家ですらないからな。仕方がないか」
「ご主人様、貴族同士と商人とはまた違います」
「そうなのか」
マリエルからも突っ込まれて、渡は自分の考えが彼らの常識とは違うことを理解した。
モイーもマリエルも冗談ではなく、本気でそう言っている。
「頭角を現さなければ、そもそも敵と見做す必要すらない、ということだ。懐柔するにしろ、蹴散らすにせよ、それほど注意を払う必要すらない」
「なるほど……。それでモイー卿には、思い当たる相手はいるのですか?」
「いや……。我の政敵がけしかけたにしては、あまりにも迂遠であるし、攻め手が見えんな。これは我を狙っていると言うよりは、我が国を狙った手と見るのが良いように思えた」
「国をですか?」
「うむ。そういえば貴様は今度コーヒーノキを栽培するために、東に向かうと言っていたな」
「え、ええ。そうですね。春には
「主要街道からはかなり外れているはいえ、行くならば身辺には気をつけていけ」
「え、何かあるんですか?」
「機密情報だけに漏らせん。ただきな臭い」
「分かりました。気をつけます」
他でもないモイーの警告だ。
それなりに信憑性のある注意として受け取っていたほうが良いだろう。
そういえば、マリエルの両親は当方の領地を調査のために色々と忙しく動いていたはずだ。
もしかしたら、そういうことも今回に深く関わっているのだろうか。
マリエルが故郷を思って表情を曇らせていたので、渡はその背中を優しく撫でた。
ウィリアムだけで飽き足らず、マリエルをも不幸にさせるというのならば、渡はなんとしても守ってやらなければならない。
モイーの警告を、渡は深く肝に銘じた。