ウィリアムを連れた渡たちは、モイーに面会を求めた。
はじめて渡たちがモイーに会ったときのように、本来は面会にも順番待ちをして、忙しければ数日待たされるのが普通だ。
その順番を飛ばして面会が叶うのが、御用商人という地位の特権だろう。
陳情の順番待ちに長蛇の列ができているなか、渡たちはすぐに呼ばれた。
本来なら優越感に浸れる光景なのかも知れないが、この順番飛ばしを利用するのはいつも緊急時ばかりだ。
渡たちはモイーに対面した。
「急に会いたいなどと珍しいな」
「はい。非常にご多忙なところ、面会を叶えていただいてありがとうございます」
「よい。面どおりを許したのは我だ」
こうして陳情ができるからこそ、御用商人の利権を肖ろうと、それだけで多くの商人が付き合いを求めたりもする。
最近はモイーからの呼び出しで会うことが多かったが、今回ばかりは渡から早い面会を希望した。
貴族と平民の面会と言えば厄介事と相場が決まっているからか、モイーは何が起きたのかと、不審そうだった。
好事家、蒐集家としてのモイーを知っていると、面白い面もある男に過ぎないが、その正体は紛れもなく王国の重鎮だ。
その気になれば渡もウィリアムも木端のごとく吹き飛ばせる力を持っていた。
利があれば聞いてくれるはずだが、厚かましい願いだと機嫌を損ねるかも知れない。
これからの陳情を前に、渡は胃がきゅっと縮こまった。
隣に立つウィリアムなど、冷や汗をびっしょりと掻いている。
渡はウェルカム商会が苦境に陥った経緯を伝えた。
椅子に座って頬杖をついているモイーは、大きな反応を示さず、話を最後まで聞き終えた。
途中で口を挟まなかったのは、中身をしっかりと精査するためだろう。
「用件はよく分かった。ウィリアムよ、災難であったな」
「ははっ……」
「結論から先に言おう。我がこの男を救けてやる義理がない。この男は大きな儲けに目がくらみ、情報の精査を怠って勝負に負けたのだ。我も国を預かる貴族として、賊の暴挙には心が痛む。捜査の強化は命じよう。だが、一々破産しかけている商家を助けていては埒が明かない。予算は限られており、助けられる者もまた限られている。諦めることだ」
「左様……ですか……。お手数をおかけして申し訳ありません。何卒捜査につきましては、ご協力をよろしくお願いいたします……」
ガックリと、ウィリアムの首が折れた。
肩を落とす姿は消沈し、今にも自殺してしまうのではないか、と思う危うさがあった。
ここで口を挟むのは得策ではない。
機会は設けたのだ。
駄目でも仕方ないじゃないか。
そう分かっているはずなのに、つい口が動いた。
「お待ちください。はたしてそうでしょうか? モイー卿、それで良いのでしょうか?」
「なに……? 貴様、我に口答えするか」
「過ちを過ちと言えぬものを、モイー卿は信頼しますか。良薬は口に苦し、忠言は耳に痛し。阿諛追従がお好きなら俺もすぐにこの場を去りましょう」
「ほう、よくぞ言った! そこまで言うなら、我の意見を翻してみせよ」
「はっ」
「ただし――我が納得できなかった時は覚えておくように」
モイーが厳しい目で渡を見つめた。
ひどく平静な声が、かえって威圧的に聞こえるのは、はたして気のせいだっただろうか。
「ワ、ワタル様、私のことはもう良いのです。事此処に至って、つくづく自分の浅はかさに嫌気が差しました。上手く行っているときほど、足元を掬われぬように気をつけねばならなかったのです。モイー卿の言うことはもっともです」
「いいえ。俺はそれでは納得できません」
「ふむ、ずいぶんと肩を持つな。その男がそれほどの人物だと?」
「俺なりの矜持ですよ。俺は落ち目になって弱っている人ほど支えてやるのが本当の侠気だと教えて育てられました。ウィリアムさんには本当にお世話になりました。俺はその恩を返さずに見過ごしたくはない。そんなことをしたら、俺は明日から胸を張って生きていけません」
「見事な覚悟だ。では、言ってみるが良い」
貴族相手の陳情は時に命がけである。
モイーは比較的話が分かり、また好意的にこれまで接してくれていたが、それでも平民が貴族に意見を言うのは、相当な覚悟がいる。
キュ、とマリエルが渡の袖を握った。
背中をエアの手が支えてくれる。
クローシェが長い尻尾を渡の太ももに巻きつけて、自分たちがここにいると、支えていると、そっと示してくれた。
渡は額に汗を拭きながら、意見を言う。
「ウィリアムは南船町を本拠地として出店していて、新参とは言え領内の商家です。近頃業績を上げているウェルカム商会は、多額の納税を果たしているはずです」
「ふむ。まあたしかにその評判は王都に広まっているな」
「この度の襲撃は突発的な襲撃ではなく、計画的犯行の恐れが高いことが分かります。話の出どころは言えませんが、王都で傭兵団に襲撃の打診があったようです」
「ああっ!! あれはそういうことでしたの!? ……し、失礼しましたわ」
渡の発言に、クローシェが口に手を当てながら叫んだ。
が、渡とモイーに目を向けられて、すごすごと肩を縮めて口をつむぐ。
黒狼族ブラド傭兵団の名を出さないためにぼかしたのに、どうして口をこぼしてしまうのか。
後でお仕置きだな。
「ふむ。我の耳には入っていないが、それは今は置こう」
「となると、狙いはウェルカム商会ではなく、モイー卿だった可能性も考えられるわけです。そんな商家が潰れるのをみすみす見逃してよろしいのでしょうか。モイー卿は領民を助けない冷血漢、あるいは付け入る隙のある者と他者から見なされませんか」
モイーが口を挟もうとしたため、隙を与えず、渡は言葉を続けた。
まだだ。まだ意見を言いきっていない。
渡はモイーを誹謗したいわけではない。
むしろより良い解決策を提示するまでが、意見の内容だ。
「ウェルカム商会が砂糖とコーヒーで大きな利益を挙げています! むちゃな商売さえ避ければ、完済はまず間違いありません。つまり卿は実質的には借金を肩代わりする必要はありません。領主様が保証人となれば返済計画を見直すことができ、完済できるのです。先ほどおっしゃられた、一々助けていられない、ということには当たりません。ただ、保証人となるだけでウィリアムに恩を売り、自領の納税を守り、領民思いの領主であるという評判まで得ることができるはずです。このチャンスを、機会を逃して良いのでしょうか!」
渡は肩で息をしていた。
言った。
言いたいことを一気に言った。
啖呵を切るような言い方になってしまったが、自分の意見が間違っているとは思えない。
これで駄目なら……その時こそ諦めるしかない。
モイーはけっして蒙昧な領主ではないはずだ。
渡の言葉に利を見つければ、それをちゃんと拾ってくれるはず。
その信頼に応えられないような領主なら、こっちから願い下げだ。
別の解決策を探すまで。
モイーが感情の見えない貴族の目で、渡とウィリアムをジッと見つめていた。
心臓がドク、ドクと音を立てて、口から飛び出てきそうな緊張感のなか、言葉を待った。
「追って沙汰を出す。ウィリアム、我が良いようにしてやるゆえ、安心して待っておれ」
「ははあっ! ありがたき幸せです……! まことに、誠にありがとうございます」
「モイー卿、俺の意見を採用していただいてありがとうございます!」
「感謝は我ではなく、その馬鹿者に言え。これで的外れなことを言ってたら叩き出してやったところだ」
ウィリアムが再興が叶う希望に血の気を挙げて、渡を感動の表情で見ていた。
深々と頭が下げられる。
「ワタル様、この御恩はけっして忘れません。必ずやいつか倍にしてお返しいたします!」
「まあ無理はなさらずに。気長に待ってます」
「ではウィリアムは下がれ。ワタル、貴様はこの場に残れ」
「はいっ、失礼いたします」
「は、はい。分かりました」
モイーが呼び止めたときの、その表情を見て、うげっと心のなかで声を上げた。
モイーの顔が好事家としての