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第26話 ウェルカム商会の火を絶やすな 上

 ウェルカム商会に起きたことを、渡たちは知らない。

 だからこそ、陰鬱な雰囲気が漂う変化を、非常に驚いた。


 特にウェルカム商会の名前の通り、大きな声でウェルカムと叫ぶウィリアムの姿は風物詩、あるいは象徴的なものだっただけに、覇気のない姿は渡には信じられない思いだった。


 みれば商会で働く従業員たちの数も少し少なく、客もいない。

 貴族相手を中心にした王都支店とはいえ、おかしな雰囲気だ。


「ウィリアムさん、どうされたんですか?」

「いやはや、お恥ずかしい限りですが、少し参ってしまいましてね。ワタル様にも関係のある話ですし、場所を移しましょうか」

「分かりました」


 表では言えないこともあるだろう。

 しかし覇気のないウィリアムの姿を見るのは痛々しい。


「こんなのウェルカムじゃない……」

「お姉様……」


 特にエアはショックを受けているのか、しょんぼりとしていた。


 渡たちはウィリアムについて、応接室に入る。

 そして、言いづらいことがあるのか、たっぷりと時間をかけて言葉を探していたウィリアムが、ゆっくりと話し始めた。


 ポツリポツリと、重苦しい口調で吐き出される。


「先日、他国の貴族同士の結婚のための商品を納品することは話しましたね。じつはそのために商品を運んでいた商隊が、襲撃を受けました」

「ええ!?」

「唯一遠くに離れていた部下が確認しましたが、商隊は護衛を含めて全滅。商品は跡形もなくなっていたようです」

「え……ええー」


 驚きのあまり言葉にならない。

 納品前のウィリアムの力の入りようを知っているからこそ、いかに大きなショックを受けているのか容易に想像できた。


 何よりも、全滅という言葉がキツい。

 従業員を大切にしていたウィリアムだ。

 とくに腹心を失ったことの心痛は察して余りある。


「誰が犯行を企てたのか、分からないんですか?」

「分かりません。目撃者自体が全然いませんし、その後すぐに調査隊を出してもらいましたが、念入りに証拠を潰されていたようです」

「相当計画的な手口ですね」

「狙われてしまったのでしょうね……。私も万が一でも盗賊に狙われないように、囮の隊を出したり、出発日を内緒にしていたのですが、どこから情報が漏れてしまったのか……。今も犯人を探していますが、このままでは期待できません」

「軽々しく使っていい言葉ではありませんが、心痛お察しします」


 身近な部下が死んだことも、商売が失敗したことも、どちらも物凄い悲しみと苦しみを覚えているだろう。

 そんな激しい気持ちを、軽々しく分かるとは言いたくない。


 ウィリアムは疲労と心痛で痩せこけた顔で渡を見た。

 その目が少しずつ涙で潤んでいく。


「商品を用立てるために、私は多額の借金をしました。すぐに返済する予定でしたので、利率は低く、返済期限は短く設けていました。もはや私は借金漬けですし、肝心の商品を届けられなかったことで面目も丸つぶれです……。急いで現金化できるものは売り払いましたが、残った商品の多くは差し押さえられるでしょう。私自身もどうなることやら。ワタル様には手形払いをしていただいていたのですが、用立てる手立てもいまやありません。ほ、ほ、本当に、本当に申し訳ありません! ~~~~っ!」


 声が震えていた。

 あれほど元気で誠実で、渡たちに便宜を図ってくれていた気鋭の商売人の肩が、今は小さく見えた。


 このままでは、ウィリアムは奴隷に堕ちることだろう。

 もともとの能力は高い人だが、借金の額を考えれば、どれだけの労苦を負うことか想像もつかない。

 家族はどうなるのだろうか。


 ウィリアムは渡がこの世界に来て、一番最初に出会った人だ。

 付き合いの長さではわずかとはいえ、マリエルとエアよりも長い。


 右も左も分からない渡の持ち物の価値を正当に判断し、騙すこともなく適正価格で商売して、あまつさえマソーを紹介してくれた。

 誠実で優しく、温情厚い人だった。


 渡の今があるのも、ウィリアムがいたからこそだ。

 そんな人が。

 そんな人がこのまま没落していく姿を見過ごして良いのか?


 ――――良くない。

 絶対に良くない。


 そんなことは俺が許せない。 


「エア、ウェルカム商会の手形は持ってたか?」

「――――っ!? う、うん! リュックに入れてるよ。出すね」

「毎月のように量を増やしてましたが、最近じゃ流通量も俺達が運べないからって頭打ちでしたね」


 渡の気持ちを察したエアが、喜んでリュックを漁り、大切に底に保管していた手形を取り出した。


 砂糖の手形払いの料金はドンドンと溜まっていた。

 貴族相手に大儲けしているウェルカム商会なら現金を集めることもできたかも知れないが、別に構わなかった。


 渡は手に持っていた手形を、応接室にあった暖炉の火に放り込んだ。

 火に炙られた手形は少しずつ燃え上がっていく。


 突然の行動にウィリアムが目を見開いて叫んだ。


「ああっ!? な、何をしているのですか!? それがなくては、貸した証明を失うのですよ!?」

「さあ、貸しましたっけ?」

「……イッシッシ! 主はちゃんと清算してもらってたよね。ね、クローシェ」

「そ、そうでしたわね! たしかに未払の手形なんてありませんでしたわ!」

「フフフ。そうですよ」

「ワタル様……」

「さて、これで少しでも心労が減りましたでしょうか。手形払いとは別の借金は、どれぐらい残ってるんですか?」

「およそ……四〇〇〇〇ゴルドです」

「四〇〇〇〇……!?」


 金貨四万枚。

 日本円換算でざっくり二千億円。

 貴族の婚礼とはそんなにもかかるものなのか。

 一枚あればそこそこの職人が一年暮らせるという、その金貨が四万枚。


 商人の扱うお金は桁違いとはいえ、これはもはや一般人にどうこうできる額ではない。

 そして、幸いなことに渡には一般人ではない・・・・・・・人と太い関わりがあった。


「ワタル様……これまで長らく生きてまいりましたが、これほど人の情に接したことはありません。ですが、もはや手詰まりです。ワタル様は私など見限って、別の信頼できる商売人に付き合いを――」

「感謝するにも諦めるにも早いですよ。ウェルカム商会再興はこれからでしょう? こうしちゃいられません。行きましょう」

「は、え、どこへですか?」

モイー卿きぞくのところですよ。こんな時こそ御用商人の地位を使わないと損でしょう」

「ウェルカムの声を絶やすなー! ゴーゴー!」

「オーッホッホ! 我らが主様の力をご覧あれ! さあ、復活の道へとウェルカムですわー!」


 エアが拳を高く突き上げて、ニシシと笑った。

 クローシェの高笑いが、沈んでいたウェルカム商会に響き渡る。


 そう、諦めるには早すぎる!

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