渡がクローデッドに仕事の話を聞こうとすると、怪訝な顔をされた。
まあ、それも当然だろう。
一介の商人である渡とは、直接的な関係はないのだ。
「なぜオレたちの仕事を気にするんだ」
「俺が気にしていると言うよりは、エアがどうも気になってるみたいなんです。ただ、理由は言えません。なんとなく気になっている、という具合なので」
「ふうん……。あの子の直感は馬鹿にできないからな。良いだろう」
「ありがとうございます」
渡としても、エアがなぜここまでクローデッドの仕事についてこだわるのか、うまく理解できていない。
とはいえ、元々金虎族の傭兵団に生まれ育ち、また非常に感覚に鋭いエアが言うことだから、と渡は助言に従った。
クローデッドもエアの直感は知っていて、信頼しているらしい。
渋々と言った体ではあったが、本来は口外しないだろう仕事について、ボカしながらも教えてくれる。
クローシェを身を預かっている、という立場あってのことだろうが、相当寛大な優遇だった。
「オレたち黒狼族ブラド傭兵団に仕事の依頼が入ったのが半年ほど前だ。依頼主は当然言わない」
「結構前なんですね」
「まあな。部隊を移動させるには相応な時間がかかる。いきなり言われても、前の契約があれば動けないしな」
「なるほど……。つまり計画的な行為ということですよね」
「ある強力な軍事物資が秘密裏に輸送される作戦を傍受したから、その輸送隊を襲撃してほしい、という内容だった」
別段依頼内容におかしな点はなかった、とクローデッドは言った。
食料にしろ武器にしろ、補給線を切るのは当然の作戦の一つだ。
特に魔法や錬金術が発達しているこちらの世界は、時に非常に強力な攻撃を行える。
その武器を狙うのも、また当然だった。
強襲作戦は相手が待ち構えていないため、被害も小さくすむ。
上手くことが運べば、激戦区に投入されるよりもよほどいい仕事になるはずだ。
「かなり報酬の金払いが良かったこともあって、一度は依頼を受けようかと考えていたところだったのだが、これまで遠方ということもあって、手紙だけでやり取りしていたのが引っかかった。オレたち黒狼族は必ず対面で会って契約を締結することにしている。なぜか分かるか?」
「臭いで不自然なところがないか、探るためですか?」
「そうだ。傭兵団は使い潰そうと考えるやつも多いからな。雇用主と直接会えば、ある程度の本心は見抜ける。当主なんかになると、それも確実じゃないが、部下たちの対応から見抜けることも多い」
獣人たちが臭いや心音などのわずかな変化から心理を見抜くことは、よく知られている。
であるならば、当然のようにそれに対抗する手段を講じているものだ。
とはいえ予算も限りがあるからか、貴族や大商人などはともかく、部下たちまでそのような手段を揃えられない。
精々が似合いもしない香水を多量に振りかける程度だ。
戦場では逆に強い臭いが索敵に利用されてしまうため、人払いをしたりと色々工夫するらしい。
「感覚が鋭いのも困りものですね」
「悪臭で鼻がもげそうになるがな……。それでもオレたちは必要な臭いは嗅ぎ分ける」
たとえ提案された作戦が一見マトモでも、傭兵に対しての侮り、嘲りといった負の感情を嗅ぎ取れば、およそ提案された作戦の真の目的は見抜けるのだと、クローデッドは言い放った。
「ということは、依頼人の誰かは、王都にいると?」
「それは分からん。あくまでも指定してきたのが、ここだったと言うだけだ」
わざわざ傭兵を用いて襲撃元を隠すぐらいだ。
容易に依頼人の身元に足がつくような、杜撰なことはしないだろう。
別の領地の関係者か、他国という線だってある。
決めつけてしまえば、別の可能性を考えることが難しくなるから、渡は判断を保留した。
「契約の確認をして、締結には至らなかった。なにやらきな臭いところがあったからな」
「ということは、その作戦自体は決行されなかったんでしょうか」
「知らん。他の傭兵団を採用したんじゃないか? エアちゃんところの金虎族アイガー団も呼ばれていたと思う。それが一月半程前のことだ。で、せっかくこっちに来てるんだからと、クローシェを探していたんだ」
「こちらには団の皆さんで来ているんですか?」
「まさか。契約を結んでもいないのに、大きな移動はできん。オレと部下の数人で来た」
「えー……」
「なんだ」
「なんでもありません」
こちらにいるのは一騎当千の強者であるエアに、肩を並べて戦うクローシェとステラ。
ということは、同数か少し多い程度では殺すことはもしかしたら可能かもしれないが、強引にひっさらうことなどほとんど不可能ではないか。
よくあんなにも堂々と言えたものだ。
「オーホッホッホ、わたくしがいっちば~ん、ですわ!」
「チッ……もう用は済んだだろう。行け」
「ありがとうございました」
クローシェの高笑いが道場に鳴り響いたかと思うと、話が長くなっていたことに気づいたクローデッドは露骨に舌打ちすると、追い払うようにシッシッと手を振った。
邪険にしながらも知っている情報はちゃんと教えてくれるあたり、親切な人だ。
渡は頭を下げてから、クローシェたちのもとに戻った。
――まさかこの情報が、王国を左右するような大きな騒動に繋がっているとは思ってもいなかった。