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第23話 クローデッドの本心

 ブンブン❤ ブンブン❤ ブンブン❤ ブンブン❤

 大きな胸をバイーンと突き出して、尻尾を全力で振って、得意満面な笑みでクローシェが帰ってくる。


「おーっほっほっほ! 主様、お姉様、わたくしの活躍を見まして!」

「ああ、よく頑張ったな! 感動したぞ」

「うーん、えらいえらい。ムシャムシャ……チーズささみもうめーニャ」


 渡の胸元に頭を近づけると、グリグリとぶつけてきた。

 その様子が主人にじゃれつく大型犬そのものに見えてしまい、渡は苦笑した。


 このまま放置しておくと調子に乗りすぎて、また大きな失敗をしそうだが……。

 あえて、好きなようにさせてやる。


 感涙にうっすらと涙目になって喜んでいる姿に水を差すのも、可哀想だ。

 ブンブンペシペシ! ブンブンペシペシ!


 長い尻尾がベシベシと太ももを叩いて少し痛い……。


「むふ~! わたくしったらサイキョーですわ!」

「……最強はアタシだし」


 チーズささみを食べながらぼそっと呟いたエアの一言が、少しだけ怖いと感じた渡だった。




 クローシェにクールダウンを命じて、渡はクローデッドに近寄った。

 道場の門下生たちも近寄らず、一人で黙々と帰り支度をしているクローデッドに近寄るのは勇気がいったが、話したいことがあった。


 近づく渡の姿を見ると、クローデッドは嫌そうな顔を浮かべたが、その後すっと頭を下げた。


「忸怩たる思いだが、妹をよろしく頼む。あいつは甘いところもあるが、優しいいい子だ」

「お任せください。悲しませることがないように努力します」

「ふん……返事だけ調子のいいことを言っていたら、承知しないぞ」


 クローデッドは顔を横に向けて、目を逸らした。

 眼帯に覆われているために、目を合わすことができない。


 顔も見たくない、という一種の意思表示だろうか。

 これ以上は話したくないという態度ではあったが、渡は気になっていることもあり、聞くべきかどうか少し悩み、結局聞くことにした。


「どこか手加減されていませんでした?」

「オレは全力だったさ。手を抜いたわけじゃない」

「でも、何が何でも勝とうとはしてませんでしたよね」


 クローデッドは口では威勢のいいことを言っていたが、その実、クローシェをとことん追い詰めるような立ち回りは一切しなかった。

 エアのように心理的なプレッシャーを掛けたり、もっとフェイントを混ぜたりと、いくらでも方法はあったはずだ。

 あるいは奥の手や切り札といった類だって、確実に隠し持っているだろう。


 兄としての矜持なのか、あるいは別の理由があったのか。

 渡の質問に、クローデッドは顔を横に向けたまましばらく黙っていたが、やがてふううう、と長い溜息を吐いた。


「どこに妹を悲しませたい兄がいると言うんだ」

「では、なぜあんな発言をされたんですか? クローシェが望んでいるからと引くことはできなかったんでしょうか」

「オレにも立場というものがある。あいつがどれだけ残りたいと言っていても、時に代理として団を預かる身としては、見逃すことなどできない」

「そういうことですか……。お気持ち察します」


 ただただ自分の考えを押し付けるだけの人だとばかり思っていたので、意外だった。

 クローデッドも板挟みにあって悩んだのだろう。


 それでも最後にはクローシェの気持ちを優先した。

 なんだ、良いお兄ちゃんじゃないか。


「あの子はお調子者だろう」

「え、ええ。明るい雰囲気で助かっています」

「だが、昔はそうじゃなかった。むしろもっと達観した、静かな子でな」

「そうなんですか?」

「オレたち傭兵家業は戦場を転々とする。だから、どうしても少しずつ心が荒んでいく。そういう家族の姿を見て、自分が明るく振る舞おうと思ったんだろうな。ある時から急に変わった」


 ただただ明るく、どこか抜けている憎めない子だとばかり思っていたが、そんな過去があるとは知らなかった。

 きっとクローシェの故郷に戻れば、そんな知らなかった一面をいくつも知ることができるのだろう。


「あいつのおかげで、オレたちもだいぶ助かったよ。だが、オレたちがきっとクローシェにムリもさせてたんだろうな。久しぶりに見たクローシェは、気楽そうに見えた」

「少しでも気楽に過ごせているなら、俺も嬉しいです」

「まあ、それだけじゃなくて実際に強くなっていて驚いたし、安心した。これで腑抜けていたら、オレも考えを改めないといけないところだったからな」


 サラッとした言い方だったが、それが紛れもない本心だと、渡は直感した。

 クローシェが本当に頑張ったからこそ、その努力を認めて、クローデッドも身を引いてくれたのだ。

 あるいは、クローシェを無理やり連れ去られるような未来もあり得たのかも知れないと思うと、背筋が冷たくなる。


「これでいいか。もうお前さんとはあまり長々と話したくない」

「ああ、スミマセン。あと本当に少しだけで良いので、お聞きしたいことがあります」

「なんなんだ、一体」


 少し苛立たしそうな声でクローデッドが言った。

 これ以上、大切な妹を奪った男と話したくないのだろう。


 だが、少しだけ聞いておきたいことがあった。


「クローデッドさんのお仕事について、どうして王都まで来たのか、教えてください」


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