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第22話 奥の手

 クローシェにとって、兄のクローデッドはいつも優秀で、非の打ち所のない人だった。

 冷静沈着だし、武芸の腕も優れているしで、いつも尊敬していた。


 クローデッドはいつも優しく、クローシェの鍛錬に付き合ってくれ、失敗した時には両親に叱られないように上手くフォローしてくれたりと、常に愛情を注がれてきた。

 家族として、とても好きな人だった。


 だが、今クローシェはそんな大切な兄から離れるために、戦いを挑もうとしている。

 兄は強い。


 強敵を前にして、手足が冷たくなるのを感じる。

 口の中が乾き、心臓がバクバクと暴れるのを、深呼吸して落ち着かせる。


「クローシェ、参る!」

「来い!」


 道場の板張りを軋ませるほどの踏み込みとともに、クローシェは剣を振るった。

 体重の乗った一撃が、クローデッドの長剣に防がれて、大きな音を立てた。


「勢いの乗った一撃なのは認めるが、あまりにも剣筋が素直にすぎるぞ!」

「問題ありませんわ。お兄様の手を止めるのが目的でしたの!」

「むっ!?」


 クローデッドが唸った。


 クローシェは防がれたと見るや、片手を柄から外し、すぐさま腰に差していた、もう一方の剣を抜き放った。


 右に長剣、左に短剣。

 天地二刀、左右両刀の構えである。


 クローデッドが慌てて剣を弾くと、後ろに引き距離を取る。

 みすみす距離を開けたくないクローシェは、距離を詰めながら追撃を放った。


 昔から人一倍器用だったクローシェは、剣も弓も魔法も、人よりも優れて扱うことができた。


 器用貧乏ではなくオールラウンダー。

 人よりも優秀な技量を積むため、鍛錬は欠かさなかった。


 相手の弱いところに合わせて、自分の強みをぶつける。

 兄のクローデッドは優秀で強いが、わずかに左右や上下の揺さぶりに弱いことを、長い付き合いでクローシェは把握していた。


 クローシェの猛攻撃は、確実にクローデッドを追い詰めた。

 手数の差で防戦一方となったクローデッドに、反撃の糸口を掴ませない。


 このまま押し切ってみせる!

 クローシェがそう考えて気合を入れる直前、クローデッドから感じた怪しげな臭い。

 雰囲気が変わったことを察したクローシェは、咄嗟に転がって、自分から距離を離した。


 寸前まで自分がいた場所を、光の軌跡となった剣閃が薙ぎ払っていた。

 恐るべき速さ。


 あのまま調子に乗って攻撃を続けていたら、真っ二つになっていたかもしれない。

 ぞうっと背筋が粟立ち、冷や汗が滲む。


 やはり、一方的に倒せるような相手ではありませんね。

 もとより分かっていたことだ。

 クローシェは犬歯をむき出しにして、獰猛に笑ってみせた。


「なるほど。オレが見ぬ間にあれからまた成長したようだな。こうして成長できたお前の姿を見れて安心したよ」

「まだまだ……ですわっ!」

「甘い!」

「くっ!!」


 一撃が重い。

 マトモに受ければ弾かれて防ぎきれない。


 短剣を防御に使い、長剣を攻撃に。

 同じ種族であれば、筋力はどうしても男に軍配が上がる。

 であるからこそ、クローシェは手数で攻める。


「がんばれ、クローシェ!」

「むしゃむしゃ……煮干しうめえニャ……がんばえー、くろーしぇー」

「頑張ってください!」

「勝ってぇ、自由を掴み取ってくださいぃ!」


 渡たちの声援を背に受けて、クローシェは必死に手数を増やす。

 黒狼族が金虎族と違い、継戦能力が非常に高い。


 半日でも一日でも戦場で走り続けることができる、他種族からすれば無尽蔵とも言えるスタミナを持っている。

 それをこの一瞬で使い切るつもりで、クローシェは攻めて攻めて攻めた。


 だが――それら全てを、クローデッドは防いでみせた。


 呼吸が苦しい。

 心臓が限界だと暴れている。


 汗みずくになって、肩で荒い息を続けるクローシェの前に立つクローデッドは、息切れこそしているものの、まだ余裕がある。


「……諦めろ。お前ではオレには勝てん」

「いいえ、勝ちますわ」

「目を覚ませ。オレたちは群れで生活するのがもっとも優れた環境だと、なぜ理解しない」

「いいえ、お兄様。わたくしもその点には異論はありません」

「ならなぜ」

「ですが、その群れの長に誰を迎えるかは自分が決めます」


 クローシェは息を整えて、毅然と言い切った。


「わたくしが仕えるつがいは、あの方ですの」

「ヒューヒュー! いいぞクローシェ、よく言った!」

「やめろクローシェ。メスの顔をするんじゃない!」


 囃し立てるエアの楽しそうな声。

 そうですわよね、お姉様。


 わたくしたちは、自分で相手を選ぶ自由が、権利があるはずですもの。


 動揺したクローデッドの剣筋がわずかに鈍る。

 とはいえ、その間隙は致命的なものではない。


「隙ありですわ!」

「隙などない……なに!?」


 クローデッドが確信を持って剣を立て、防ごうとしたクローシェの剣先が――すり抜ける。

 これまで一度として使っていなかった、ステラによって剣に付与された能力・・・・・・・・・『加速』。


 本当に僅かに時を加速させる、『時と空間の女神の言葉の力』のわずか、たった一語の能力。

 ゼロコンマ数秒が生死を分ける戦場において、恐るべき効果をもたらす付与術の効果を前に、クローデッドの防御は無効化された。


 渡の学んだ知識と、ステラの技術、そしてクローシェの覚悟。

 ビタリ、と首筋に止められた剣先を前に、クローデッドが息を呑んだ。



「わたくしと渡様の――――愛の勝利ですわ!!」


 クローシェが勝鬨を上げた。

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