「クローデットさんとの連絡は、思ったよりも容易に取ることができたな」
「アタシが王都でうろうろしてたら、すぐに声をかけてきたよ」
「元より居場所を隠していませんから、当然でしょう。相手から姿を隠したいのは、わたしたちの方ですしぃ。ですが、すぐに見つける辺り、狼種の獣人の」
「そういうことか。俺たちも別に、向こうがおかしなことをしないなら、隠れたいわけじゃないんだけどな」
再会には、冒険者ギルドの仲立ちをお願いした。
荒事には慣れっこだろうし、遺恨を残さないための仲裁にも経験豊富だ。
また、クローシェとエアの二人がギルドに一応とは言え所属していることも大きかった。
手数料はかなり取られるが、それでも抑止力として十分に働いてくれるだろう。
そして集合場所だが……。
「なんでわしの道場を指定した! 言え! なんでだ!」
「スミマセン。俺は王都に土地勘がありませんし、クローデッドさんも他国の人でしょう。ここならすぐに来れると思いまして」
ギエンが仏頂面を浮かべて、渡たちを睨みつける。
渡は頭を下げるが、提案したエアは涼しい顔で煮干しをボリボリと食べていた。
先に到着して、待つことしばし、クローデッドがやってきた。
相変わらず、同性である渡でもハッと目を奪われる美男子ぶりだ。
眼帯に覆われていない片目が、渡を憎々しげに睨みつける。
これは愛しい妹を罠にはめた悪漢を見る目つきだよなあ……。
経緯はどうあれ、クローシェを奴隷に落としたのは渡の責任だ。
恨みを買うことは仕方がない。
だが、それを気に病むこともなかった。
「こんな所に呼び出して、どういうつもりだろうか?」
「クローシェがどうしても、あなたにお会いして話し合いたい、と言って聞かないものでしてね」
「クローシェが? そうか……」
前回拒絶されたのは記憶に新しい。
クローシェから話があると聞いて、クローデッドの機嫌が改善した。
この人はかなりのシスコンだよな。
クローシェに甘いところが目立つのも、彼女が
とはいえ、まったく失敗もないクローシェなど、もはや別人のようにも思えるし、隙がなく使いづらかっただろうから、これで良かったのだろう。
「お兄様、よく来てくれましたわ。わたくし、あれからちゃんと身の振り方を考えましたの」
「うん、そうか」
「わたくし、やっぱり帰るつもりはありません。お兄様たちがわたくしの身を案じてくださってるのは分かっていますし、奴隷の身が一族の恥となっているのも理解しました」
「」
「どうしても奴隷の身分が問題になると言うのならば、わたくしを一族から追放してくださいまし!」
「ば、ばかな……!?」
目に見えてクローデッドが狼狽した。
群れで生活する狼の種族の特性を色濃く抱えている黒狼族からすれば、その群れから追放されるのは死刑宣告に等しい、あるいは先祖父母を侮辱されることに並ぶほど屈辱的なことだ。
群れの一員としてまったく役に立てない、負け犬と断じられたも同じだからだ。
クローデッドが目を見開いて、わなわなと震えた。
「な、何を言っているのか理解しているのか!? それがどれだけ屈辱的なことか、本能として耐え難いことかわからないのか!? 黒狼族だけじゃない、狼種として、もっとも屈辱的な事なんだぞ!?」
「分かっておりますッッ!! ……一匹狼などと孤狼を嘯こうとも、実際は追い出された半端者。その汚名を被っても、わたくしは今の環境を享受します」
クローシェが叫んだ。
おそらくは声に魔力でも含まれていたのか、ビリビリと衝撃を感じた。
それぐらい、力のこもった叫びだ。
クローシェが、肩で息をしている。
そしてクローデッドをキッと鋭い目で睨んだ。
かつて、これほど鋭く妹から睨まれたことがないだろうクローデッドは、この時気圧されたのではないだろうか。
狼狽えたのが渡の目でも分かる。
「わたくしはもう一人前として、王都に出向きました。そして今奴隷の身となったこともまた自分の責任として受け入れています。それを尻拭いさせるなんて、それこそ半人前の子供の所業ではありませんか!」
「だが、お前は罠に嵌められたのだ!」
「わたくしはいずれ自力で奴隷から解放されます。主様はそれを五年と約束されました」
「五年で解放される予定だったのか……」
クローデッドが新しい情報を知って軽く驚く。
普通は奴隷を短期間で解放する持ち主など、あまりいないのだろう。
「わたくしもただ奴隷の身にただ甘んじていたわけではありません。お兄様が少しでも安心できるように、わたくしの成長をお見せします。お兄様、抜いてください」
「止めておけ。オレとお前の実力の差が分からないわけじゃないだろう」
「わたくしは、お兄様に勝ちますわ! それとも尻尾を巻いて逃げますの?」
「…………大切な妹だからと優しくしていたが、躾が必要なようだな」
軽い挑発だ。
クローデッドは冷静を保っていて、あえて挑発に乗ったように渡には見えた。
彼なりに、状況を受け止め、認めるキッカケが必要なのだ。
「一本取られたら、大人しく引き返そう。家族にも上手く説明してやる。ただし俺が勝ったら、お前が何を言おうと、もはや問答無用で連れ帰る」
傭兵にとって最も尊ばれるのが実力である。
力なき者の願いなど、誰も見向きもしない。
単純明快な理屈だった。
それをお互いの正当性として、今戦いが始まる。
「主様、クローシェは、必ず勝ってきます。……応援してくださいます?」
「ああ。自分の実力を信じろ。俺はただ勝利の報告を信じて待ってる。行け、勝て、無事帰れ」
「……っ!! 分かりました! クローシェ、参る!」
道場にて相対したクローシェとクローデッドは、素早く抜剣した。
クローシェの誇りをかけた戦いが、始まる。