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第20話 わたくし、お兄様を倒します。必ず倒します

 相当にショックだったのか、あるいは別の狙いがあるのか。

 追ってくる様子はない。

 クローデッドから十分に距離を取ったところで、エアが話しかけてきた。


「主、気配遮断とか臭い消しの付与の品は持ってきてる?」

「ああ。袋に入れてる。使っておいたほうが良いのか?」

「うん。仲間がどれだけいるか読めない。集団で来られたら相当マズい」

「エアとクローシェ、ステラがいても危ないのか。分かった」


 エアの真剣な表情を見て、渡は正確に状況の悪さを把握した。

 クローデッドは仕事で王都に来た、と言っていた。

 仕事内容について情報を引き出しておかなかったのは失敗だったかな。


 詳しい内容までこぼしてくれる訳ではないだろうが、少数で来ているのか、それなりの数を揃えているのか分かるだけでも、相当に手の打ちようがあっただろう。


 渡たちは、急いで付与の術式のかかった指輪やネックレスなどを装着していく。


「クローシェ、ぼっとしてないで、鼻で索敵して。アタシは目と耳で探る」

「わ、分かりましたわ!」


 エアが指示を出して、王都の道を足早に移動する。

 そして、ゲート近くまで到着してようやくホッと息を吐いた。


 祠の周辺には人除けの強力な術の作用がかかっているから、追手がかかるおそれはほとんどなくなるのだ。


 少し余裕が出てきたところで、クローシェが落ち込んでいるのに気づいた。

 神妙な顔つきをして、尻尾をへにょりんと垂らしている。


「何をそんなに気にしているんだ?」

「お兄様たちが本気になって、わたくしを取り戻そうとしてきたら、どうしようかと」

「エアは一騎当千の強者だろう? そんなに警戒しないといけないのか?」

「もちろんだよ。アタシがいくら強いって言ったって、せいぜい同時には五人が精一杯。おまけに主を守りながらでしょ? 相手が死兵になってかかってこられたら、相手にならないって」

「わたくしも一族では天才児と持て囃されたりしましたけど、お父様、お兄様、それに一族のみんなはそれぞれ非常に優秀です」

「しかしそれにしたってなあ……」


 渡には腑に落ちない。

 なるほど、大切な娘、妹が奴隷に落ちたならなんとかして救いたい、というのは心情として理解できる。


 だが、正当な手順を踏まずに強奪したり、人を殺傷すれば、それこそ無法者として誹りを受けるのではないのだろうか。

 渡がそう疑問をぶつけると、エアは首を横に振った。


「悪評は無名に勝るって言うしね。それにこっちじゃどうか知らないけど、西方諸国じゃ戦続きで力のほうが重視する貴族だって少なくないから」

「ひどい話だな」

「それだけこの辺りは平和で治安もいいんだよ。それでもスラム街に足を踏み入れたら、法が通じないアウトローがいるんだから」

「場所も職業も違えば、常識も変わるか」


 地球と異世界を行き来して、常識の違いをまざまざと感じさせられる。

 特に奴隷制は現代の地球では批難される制度だけに、常識も大きく異なった。


 クローシェをはじめとした奴隷を所有している渡だからこそ、この問題から逃げる訳にはいかない。


「もとを辿れば、わたくしが話も聞かずに勝負をふっかけて、負けたのが悪いのです」

「まあ、それは一理ある」


 事を面倒にしたのは、間違いなくクローシェが原因だ。


「とはいえ、逃げ続けるのも良くないよな。クローシェにとっては、家族と会えないのは、歓迎できないだろう。どこかで分かりあえるのが一番だが」

「頭に血が上ってたら難しいのではないでしょうか。まずは余計な手出しができない場を設けることが先決だと思います。どこかのギルドに場を借りるか、モイー卿に仲立ちをお願いするのがよろしいかと」

「なるほどな。そこで暴れるような人ではなさそうだ」


 マリエルの提案に渡は頷いた。

 クローデッドは非道な決断も辞さないタイプだが、同時にクローシェほど考えなしに衝動的行動に出るタイプではないように思える。

 判断基準が違うから理解しがたいだけで、クローデッドなりの計算があった。


 外部から理性的な対応を必要とする場に引きずり込んでしまえば、対話の余地も生まれる。

 もとより無理を言っているのは向こう側なのだ。


 渡としては下手に折れるつもりは一切ない。

 それはそれとして、クローシェの意見も聞いておかなければならないだろう。


 いわばクローシェは一番の当事者だ。


「わたくし、お兄様の誤解を解きたいです。安心して良いのだと、自信を持ってお伝えしたい。お兄様は多分、わたくしを心配しているだけなのです」

「はた迷惑な話だが……言いたいことはわかった。それにはあのお義兄さん・・・・・を前に、ちゃんと意見を主張して、納得させないといけないんだぞ。一体どうやって納得させるつもりだ?」

「わたくしが模擬戦を申し込みます。お兄様は必ず断りませんわ。兄として、傭兵として、わたくしからの挑戦を断れませんもの。そこで、わたくしの思いを伝えます」

大丈夫・・・なのか?」

「わたくし、お兄様を倒します。必ず倒します」


 クローシェが真っ直ぐな目で渡を見つめる。

 覚悟を決めた顔つきだった。

 普段の高慢そうに見えて、実際は少し頼りない姿とは大違いだ。


 これならば任せても大丈夫かもしれない。


「分かった。後で方法をマリエルたちと相談しよう」

「ありがとうございます。感謝いたしますわ」

「言葉じゃなくて、態度と結果で示してくれ」

「わ、分かりましたわ……。わたくし、今夜はしっかりとお応えします」

「ああっ、クローシェなに反省したフリして、なに、こっそりローテーション抜かそうとしてる……のさ!」

「次はわたしの番ですよぉ!」

「オヒョ!? お姉様、ステラさん、怒らないでくださいまし! 目が、目がグルグルしてて怖いですの!」


 ギャーギャーとやかましく話し合いながらも笑い合う姿を見て、渡は大丈夫だろうか、と少し不安になった。

 だが、クローシェもやればできる女だ。

 覚悟が決まれば、きっとうまくことを収めてくれるだろう。


 そこはかとなく不安を抱えながらも、渡は無事に事が収まるのを信じた。



 そして、クローシェとクローデッドが再会する日が来た。


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