遠藤亮太との再会は、それから数日後に叶った。
故障から完全復帰した亮太は、ペナントレースでも成績を急激に伸ばしつつある。
来季の契約も問題ないとあって、上機嫌だ。
この一月の間に何が起きたのかと、業界を驚かせ始めている。
再び会いたいという渡の要望にも機嫌よく応じてくれたのは、恩に感じる部分もあったためだろう。
対価を得て、紹介を求めていた気持ちもあるが、亮太に活躍してもらいたかった気持ちも、嘘偽りのない物だっただけに、少しでも役に立てたなら良かったな、と渡は思った。
集合時間は昼、場所は大阪市内の個室中華料理店だ。
今回はマリエルとエアという二人を連れている関係上、あまり人目につく所で会うのは憚られた。
そのため、お酒を飲む場所や時間よりは、昼食の方が良いだろうという判断になった。
久しぶりに会った遠藤亮太は、とても顔色が良かった。
雰囲気からして弾むような明るいものを感じる。
筋骨格系の悩みだけでなく、活躍できていることでストレスも減少してるのだろう。
先に着いていた渡たちの元まで颯爽と歩いて手を挙げる。
「よお、久しぶり。どうもはじめまして。こちらの二人は?」
「久しぶり。二人は俺の助手です。今回の薬を手に入れるにあたって、(異世界で)現地の人の情報とかを仕入れるために(奴隷として)雇ったんですよ」
嘘は吐いていない。
だがすべてを話してもいない。
渡は正直に話せるギリギリの範囲で、二人の情報を開示した。
一瞬二人に見惚れていた亮太だったが、すぐに切り替えると笑みを浮かべて爽やかで気持ちのいい挨拶を交わす。
「へえ。二人ともめちゃくちゃ美人っすね。遠藤です。よろしくお願いします! 渡とはちっさい頃からの付き合いで、今回も薬の件でお世話になりました」
「マリエルと申します。よろしくお願いいたします」
「エアです。よろしくお願いいたします」
エアの返事については心配していた渡だったが、幸いなことにマリエルの復唱をするという手段に出たことで、とくに大きなミスもなく終わった。
もともとエアは街の様子に興味があっただけで、商談自体はおまけのようなものだ。
後は料理を楽しみ、護衛としての仕事をするつもりなのだと事前に聞かされていたので、あまり心配はしていない。
マリエルについてはこれまでの交渉の手際を見る限り、失態を犯すようには思えなかった。
そもそも心配していない。
下手をすれば渡よりもよほど上手く立ち回りそうな予感すらした。
店員が注文を取り終えた後、渡は本題に入る前に近況について話を振った。
「亮ちゃん調子が良さそうですね、ニュースで見ましたよ」
「まあね。打率も今年は三割超えそうだし。やっぱり痛くないって最高だわ。これまで気づいてなかったけど、思った動きがそのままできるのってすごくデカいんだよ。今まで無意識にかばって、無理な動きをしてたってのが分かった」
「効果について聞きたいんだけど、治ってすぐは感覚が違ったりして困りませんでした?」
「すぐに慣れたな。もともと怪我とか関係なしに、その日のコンディションによって感覚は変わるから、いつも微修正は必要なんだ。ゴルフとかビリヤードとか、止まったボールを正確に狙うような競技だとまた違うみたいだけど、野球の打撃って点じゃなくて線の動きだしな」
「へえ、そういうものですか」
「うん。野球ってピッチャーが投げたボールの軌跡に、バッターのバットのスイングの軌跡を重ねるの。ある意味で微調整こそ俺たちバッターの仕事なんだよ」
「そういう考え方もできるのか。ただ打つってわけじゃないんですね。知りませんでした」
「それにケガで本来の動きができないんじゃなくて、治って本来の動きができるようになってるってのもデカいよ」
亮太がスイングの軌跡を手を左右に動かすことで表現する。
本職らしい滑らかな動きでスウッと手が動く。
背が高く腕も長い亮太の手が動くたび、どことなく優雅な手つきに見えた。
まったく無駄が感じられないからだろう。
亮太は近況を話し終えた後、グラスの水を一口含み、今度は渡の近況を聞き返す。
「渡はこの前会ってからどうしてたんだ? 結構たくさんの知り合いに紹介したんだけど、連絡が取れないって俺、先輩に怒られちまったよ」
「スミマセン。仕入れだったんですよ。二週間かけてようやく手に入れてきたんです。あんまり詳しくは話せないけど、道中本当に大変だったんですよ」
「はー、なるほどなあ。たしかに仕入れが大変だって言ってたな。金もかかるって。まあ普通に手に入るような
「そこで世話になってたのがこの二人ですね。今日は亮ちゃんの接待じゃなくて、観光目的ですので、間違えのないように」
「そういう理由なんだ。ねえねえ俺、仕事で全国を周るから、もしよかったら案内するよ?」
「ちょっと、口説かないでくださいよ」
「ありがとうございます。ご厚意に感謝します」
早速ナンパか。
呆れるような、同時に感心するような気持ちになる。
突然の旅行の誘いにもマリエルは動じずに答えた。
エアに至っては料理のメニューを凝視していて反応すらしていない。
たぶん、変身が解けたら尻尾がぶんぶんと振り回されている姿が見えたことだろう。
信用していたとはいえ、まったく靡く様子がなかったことに、渡は安心した。
それなりに自分の見た目には自信があった亮太は、肩透かしを食らった表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐにまじめな顔に戻すと、一度席を立った。
「渡、ちょっとトイレでも行かね?」
「ええ。悪いけどちょっとここで待ってて。もし料理が来たら先に手をつけてていいから」
「ごゆっくりどうぞ」
亮太に誘われて、渡は頷いた。
(何か二人だけで話したいことでもあるんだろうか)
選手のきわめて個人的な情報などは、たとえ渡の信頼している部下と言えども話せない、ということもあるかもしれない。
二人で歩いてトイレまで向かう途中、亮太が体を突き出しながら渡に質問を始めた。
その表情には美人を前にした浮かれたものを感じる。
「なになに、めっちゃくちゃ美人じゃん。どういう関係?」
「亮ちゃん、態度変わりすぎ。っていうか選手の話じゃなくて、そっちの内容なんだ」
「わりーわりー。ビックリしてよ。当たり前だろ。どうせ薬飲んだら治っちまうんだ。週刊誌にすっぱ抜かれるような話じゃないし、秘密にしててもすぐ意味がなくなる」
「それもそうか」
「それで、二人のどっちかと付き合ってたりするの?」
「いや、両方と」
渡は意識して、きわめて平然とした声を出した。
当然ですよ、という態度を示しつつ、おそらくは返ってくるであろう反応を前に覚悟を決める。
案の定というべきか、亮太は口をあんぐりと開いていた。
「おま……マジか……あんな美人二人と!? 二股!?」
「ちょっと縁があったんだよ。二人とも納得してくれてる」
「かー! 羨ましい! あの渡がなあ! ヤリチン渡になっちまったのか!」
「ちょ、それ言うの本気で止めてよ。これだから昔馴染みと会うの嫌なんだよ。遠慮がなさ過ぎて」
「へへへ、今度昔の渡の話聞かせてやろ」
「亮ちゃん! 怒るよマジで!」
「怒っちゃいやん。へー。でもあの渡がねえ。ずいぶんと変わっちゃって」
いったいどんな話をされることやら。
渡だって二人に対してはカッコいい男でいたいのだ。
今の自分が失敗して幻滅されるならともかく、昔の話を掘り出されて、というのは止めてほしい。
渡が険しい表情で制止したが、
トイレで並んで小用をしつつ、話が続く。
「なあ、二人の知り合いとかいないの?」
「仕事で来てもらったんだよ」
「ちぇー。ワンチャンあるかと思ったのに」
「亮ちゃんならモテるでしょ。野球選手ってよく女優さんとかアイドルと結婚してるよね。そういう相手いないの?」
「あー、まあ接点はできやすいかな。でもなあ。……正直あの二人、下手な芸能人より顔もスタイルも良くない?」
「俺は生で芸能人と会ったことないし分からない。ただ、最初は俺もビックリした」
「だよな。はぁ……俺も彼女作ろ」
「そうして。悪いけど二人に手を出そうとしないでね」
「分かってるよ! ……お前は幼馴染だし恩人なんだ。恩を仇で返すような真似はしない」
「そこんところは信用してるよ」
亮太に紹介を頼んだのも、伝手がなかったこともあるが、亮太になら酷いことにはならないだろう、という予測もあってのことだ。
義理を大切にする人柄だ。
そのあたりの信頼関係を裏切られる心配はしていなかった。
トイレから出て個室に戻ると、途端に中華料理の香ばしい良い匂いが鼻腔を刺激した。
頼んでいたランチメニューが揃って湯気を立てていた。
先に伝えていたようにマリエルとエアはすでに箸をつけている。
「ごめん、待たせたね」
「いいえ、先に美味しく料理をいただいておりましたから」
「主、これほんとーにうめーなあ! あー、おいしー!」
(ニコニコと無邪気に笑うエアの表情は癒しだなあ)
さすがに亮太も人前でふざけることはなく、落ち着いた調子で食事を始めた。
このあたりの公私の切り替えは見事なものだった。
本当にバラされなくて良かったと、渡は胸をなでおろす。
保育園の頃や小学生の頃の
「それじゃあ、お呼びした本題に入りましょうか」
「おう。このリストの中だと、まずは笠松投手からかな」
「あんまり聞かない名前だよね。悪いけど知らないんだ」
「高校時代はすげー投手だったんだけど、プロ一年目で肘を痛めたんだよな。松坂選手に続く怪物二号になるんじゃって言われてたんだぜ」
渡の質問に対して、亮太が詳細な答えをあげていく。
そんなに詳しく知っているのか、と思うほど亮太は選手の詳細な故障について良く知っていた。
また同じ選手として見たときの評価についても教えてくれたため、どんな選手なのか、というのがよく分かった。
そんな会話がメールをくれた十選手全員が終わるまで続く。
これは誰を優先すべきかの判断に役立ち、後々の商談にも活きそうだった。