大空市は盛況で、今も多くの利用者が行きかっている。
目当ての品を手に入れるためにも、あまり長時間話しているわけにもいかない。
マリエルは渡の質問に少しだけ内容を考えた後、話し始めた。
「あの男性が話した説明に誤りがありました。あれはビリタイ王朝の遺物ではありません」
「そうなの? 俺は知識がないから本当か間違いかの判断もつかないけど」
「ええ。よくある誤解なんですが、ビリタイと呼ばれる金属は、
「へー! そうなのか。マリエルはよくそんなことを知ってるな」
「王都の学院で歴史の勉強をした人なら一度は習う知識です。ひっかけ問題でテストに必ず出てきますからね」
テスト勉強を思い出したのか、げっそりとした表情を浮かべるマリエルに、渡は共感から苦笑を浮かべた。
どこの世界でも学生がテスト勉強に追われ、必死に暗記するのは変わらないらしい。
特に貴族ともなれば外交に関わることもあるだろうから、他国の歴史だって将来の仕事として覚えることが多い。
マリエルの場合は没落してしまってその知識を貴族として活躍させることはなかったが、時を越えて意外な場所で知識が生きた。
渡は頷いて、話を進める。
「じゃああの店主はそれを知らなかったから、いい加減なことを言ったわけか?」
「おそらくは。もちろんあの腕輪が本物で、主人がただ勘違いしているだけの可能性もありますが、どちらにせよ信頼性は下がったかと思います」
「納得できた。金貨十枚はおいそれと出せる額じゃない。無病息災の能力が本当なら、むしろ安いぐらいだけど」
「貴族なら百枚出しても不思議ではありません。ただ、大空市は素人も出品しているので、可能性がまったくないとも言い切れないところが悩ましいですね」
「そうか……。まあ、俺の中の優先順位は下がったから、先に別の掘り出し物を探そう」
確率は低いが、ないわけでもない。
博打を打たないほうが良いのだが、心ひかれる部分も存在する。
せめてもう少し否定材料があれば、心置きなく別に切り替えることができるのだが。
眉を寄せて思案する渡の背中を、エアの尻尾がぴしぴしと叩いた。
「主、アイツたぶん嘘ついてる」
「そうなのか? そういえば途中で表情を険しくしてたな」
「アタシたちが店から離れようとしたときに、嫌な臭いがしたし、心臓の鼓動が早くなった。あれは焦ってたんだと思う」
「え、エアってそんなことまで分かるの?」
「うん」
臭いや心臓の鼓動で相手の考えまでが筒抜けになるとしたら、とても恐ろしい話だ。
交渉術としてこれほど強力な手札はないだろう。
だというのに、エアは事もなげに頷いて見せた。
「戦いでも相手の攻め始めるタイミングとかが分かることが多くて、重宝する」
「すごいな。それじゃあ、今度から交渉の時にはエアに意見を聞いた方がいいのかな」
「知られてないわけじゃないから信用しきるのも危険。油断ならない奴は香水を使ったり、鼓動が全く変わらず、平然と嘘をついて騙してくる奴もいる。モイー男爵みたいに動じない奴もいる」
「今回は違ったわけだ」
「そう。あの男は動揺してた。早く売りたくて仕方なかったって感じだと思う」
「……よし、もうすっぱり諦める。次の商品を探そう!」
悩んでいる間にも時間は過ぎていくのだ。
別のチャンスを逃してしまわないためにも、気持ちを切り替えてどんどん店を眺めて、気になるものがあれば交渉してみる。
挑戦回数が多いほど当たる確率も高くなる。
ここで見事にお宝を見つけてしまいたかった。
しかし渡は感情が顔に出やすいし、まったく動じない心臓の持ち主でもない。
(エアには筒抜けかもしれないな……)
いまさら隠すべきことはないのだが、内心を知られていると思うと恥ずかしい。
「ちなみに主がアタシたちにエッチな気分になってるのも全部分かった。ムラムラオス臭がすごかった」
「ぐっ……」
「ふふふ、私はそこまで読めませんけど、ご主人様がおっぱいに釘付けになったり、お尻に目をやってるのは分かりましたよ」
「何をしてる! 急ぐぞ! 商品がなくなったら大変だ!」
渡は話を続けさせず、急いで雑踏に紛れ込んだ。
マリエルとエアが顔を見合わせて、ニッコリと笑い合うと急いで後を追う。
〇
それから一体何件の露店を周っただろうか。
エアの狙いは的中した。
この街に住む住民や近隣の村々の人たちがお金に困って、あるいは現金確保にいくつかの付与術が行われた装飾品を販売していたのだ。
値段は銀貨で済むものから、上は金貨一枚までだった。
元富農が出していた『
また石工職人が売っていた『
「エアのお手柄だな。マリエルも交渉に口添えしてくれて助かった。あとでお前たちの欲しい物も約束通りに買おう」
「やったー!」
「楽しみにしています」
しかもこれらの装飾品については、モイー男爵領の付与術師が製造したとお墨付きがなされていたのだ。
これらお墨付きの偽造すれば公文書偽造罪で重罰が課される。
本当かどうかも分からない怪しげな商品ではないため、渡はすぐに購入に踏み切った。
今の渡は筋力向上の腕輪を左前腕に装着し、疲労耐性の指輪を嵌めて、健脚の足環を両足に着けていた。
これまでそれほど身を飾る方ではなかったので、装着感の違和感が大きいが、効果を考えると着けておきたい。
「うーん、どれも使い勝手が良すぎて自分が使いたいのが悩ましいな」
「今後も継続的に市に顔を出して、いずれ王都に仕入れに行った方が良いと思います」
「そうだな。自分用のを先に決めて、あとはどんどん売る方がいいか。それにしても王都かあ。いずれ行きたいと思ってたんだよな」
元よりエアの剣を探す際にも、王都は候補の一つに入っていた。
商品も情報も集まるであろう場所だけに、いずれは訪れた方が良いに違いなかった。
「アタシも行きたい! 前は剣闘士の興行で行って全然楽しめなかったから、観光したい!」
「ふふ、じゃあ私が案内してあげるね」
「やったー。マリエル大好き」
「あらあら。ふふふ、まだまだやることは残ってるんですからね」
エアがマリエルに笑顔で抱き着いた。
仲の良さそうな二人の姿を見ているだけで、渡の心が癒される。
姿は違うが、まるで姉妹のようだと渡は思った。
さらに仕入れの品探しが続く。
人の多い大空市の一角にも関わらず、その店の通りは訪れる客が少なかった。
無意識に足が遠のく雰囲気とでも言うのか。
渡たちも端から端まで見て回ろうと思っていなければ、自然と通り過ぎていたかもしれない。
物憂げな美女が椅子に座って店番をしていて、テーブルに置かれるのはわずか一品だけ。
傷がつかないように柔らかな布のクッションの上に、美しい光沢のあるネックレスが飾られていた。
そのネックレスが何とも言えない魅力を放っていて、渡たちは自然と商品に目をやり、足を止めていた。
これは魅力的な逸品に違いないように思えた。