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第30話 モイー男爵領、星見ヶ丘

 四日目。

 当初の予定通り、モイー男爵領に入ることができた。

 商隊とは途中で別れたが、栗鼠族のマルマルは最後までとても感謝をしてくれて、道中良くしてくれた。

 隊商が壊滅する危機を救ったとなれば、感謝も当然なのかもしれないが、その気持は嬉しかった。


 食事にも誘われ、下にも置かない扱いを受けて、なにか困ったことがあれば力になると、名札を置いていったぐらいだ。

 この世界での名刺のようなものらしい。

 ウェルカム商会とは良い仲を続けているとは言え、コネクションを増やすのは大切なことだ。

 頼る先が一つだけでは、何かあったときに避難できない。


 モイー男爵領に入って気づいたのは、道の整備がより良くなっていたことだ。

 石畳の状態が良く、定期的に手入れされているのがパッと見て分かる。

 マリエルとエアも歩きやすそうだ。


「なんか雰囲気が変わったな」

「モイー男爵の経営手腕は確かなようですね……。街道整備は莫大なお金や人手が要ります。長期的に考えれば、流通が増えて良い効果の方が大きくなるでしょうが、多くの領主はなかなかそこまで手が回りません」

「蒐集家としても有名なんだっけ?」

「そうですね。国内でもかなり名を知られています。一番有名なのは芋の生産なんですけど」

「芋かー。アタシはお肉の方がいいけどなー」


 マリエルの豊かな知識や見識に対比して、エアのあけすけな発言には笑ってしまう。

 教育を受けた元貴族の娘と、力自慢で護衛や傭兵を輩出する一族の娘の感覚は違ってきて当然だ。

 それぞれの価値観であって、どちらが正しいという問題でもない。

 マリエルも不機嫌になるどころか、苦笑を浮かべて呆れただけだった。


 道を進むと、夕暮れ前には領都――星見ヶ丘ほしみがおか――に着いた。

 代官の置かれている南船町と違い、有能な領主のお膝元だけあって、活気が違う。

 人の流れが激しく、大手門の前には多くの人が門を潜ろうと列を作っていた。


 渡たちも門衛に誰何を受けて、街の中に入る。


「おおお、随分と雰囲気が違うぞ。祭りみたいな騒ぎだな」

「本当にスゴイ賑わい……」

「クンクン、すごく美味しそうな匂いがいっぱいする! 串焼きの匂いだ!」


 人、人、人。

 ヒト種も亜人、獣人もとにかく集まり、肩をぶつけ押し合いへし合いしながら進んでいく。

 頭上には翼をもった種族が羽ばたいたり滑空し、足元では蜘蛛族などの背の低い種族がいたりと、数多の人種がごった煮になっていた。


 かと思えばヒューポスが牽いた馬車が次々と走っていたり、人も物も流れが速い。


「暗くなる前に宿の確保と、領主に面会できるか聞こうか」

「領主館はあちらですね」

「でっかい建物だ! 屋根に上ったら気持ちよさそうだなー」

「そうか? 俺は正直怖いと思うけどな。今度ハ○カスの展望台に連れて行ってやるよ」

「主の世界の建物か! 見晴らし良いだろうなあ」


 少しばかり高台になった場所に大きな城館が建っていたことで、領主館がどこにあるのかは一目で分かった。

 立派な石組みの、美しい洋風城館だ。

 南船町とは違い、行政所としてだけでなく、戦の備えもしているのが分かった。


「本当に立派……」


 どこか羨むようなマリエルの独り言が、不思議なくらい渡の耳に残った。


 ○


 商業区画の大き目の宿は幸い空室があったため、三人で部屋を取った後、渡たちは領主館に出向いていた。

 街はざっくりと行政区画、住居区画、商業区画、工業区画の四つに大別されている。

 とはいえ、実際にはそこまで厳密に区別されているわけではなく、商業区画の中ほどになぜか工房があったり、モザイク状に点在している別区画の建物があったりする。

 どうも貴金属を扱った店が多い気がした。 


 傾斜がついた坂を上り、城門に辿り着くと、エアを介して紹介状を用意する。


「悪いが領主様とはお会いできない」

「こちら紹介状を持参してきたのですが」

「ああ、そうなのか。残念だが、男爵様は今王都に出向いていてな。ご不在なのだよ」

「そ、そうなんですか……」


 まさか留守にしているとは思いもよらなかった。

 とは言え、王都に行けば行ったで行き違いになっていた可能性もある。

 数日ならば観光と思って滞在するのも良いだろう。

 珍しいものを仕入れるチャンスでもあった。


「いつ頃お帰りになるとかは分かりませんか?」

「あと数日もすればお帰りになるだろうが、男爵様はお忙しい。いつ会えるかは分からんぞ」

「そうですか……」


 会うことも難しいのか。

 渡の心に落胆が浮かび上がりかけたとき、不意にマリエルが前に立った。

 楚々とした佇まいの美女に笑顔を向けられて、門衛の表情が緩む。

 そっとその手を握ると、懐から何かぎんかを渡した。


「貴重な品を持ってきています。きっと男爵様の目に叶うものだと思いますので、面会が叶うようお取次ぎをぜひお願いします」

「ふむ。まあ殊勝な心がけゆえ、可能な限り善処しよう」

「よろしくお願いします」


 使いの者に宿まで知らせを走らせるように頼むと、マリエルは渡の横に立った。

 城館を後にしながら、渡はマリエルに礼を言う。


「ありがとう。俺じゃああいう気遣いは気付けなかった」

「ご主人様は、門衛に賄賂を渡したことが気に入りませんでしたか。勝手なことをして申し訳ありませんでした」

「いや、謝る必要はないよ。このままだと面会もままならなかったかもしれないし」


 渡自身は賄賂を渡すことを良いこととは思えない。

 その感情が態度に出てしまっていただろうか。


 賄賂が横行すれば富む者がますます富み、貧しい人は窮状を訴えることすら難しくなる。

 ただ、世の中の仕組みがそうなっているのに、一人だけで文句を言っていてもしょうがないのも理解している。

 ウェルカム商会のように、可能な限り多くの人に親切にする人がいるのも確かなのだ。

 人に変化を求める前に、渡自身も誰隔てなく接すれば良い。


「だから俺はマリエルの今のやり方を否定しないでおく。これからも俺に足りないところがあれば、いいようにやってくれ。君の判断は俺の判断だ。俺は君を信じる」

「その信頼を裏切らないように精一杯努めます」


 マリエルが瞳を潤わせ、深々と頭を下げる。

 なんだか少し心が通じたように、渡は思った。


「まあ、悪いことしたらたっぷりお仕置きしてやるから気にするな」

「ご主人様、その顔はちょっと……」

「主がめちゃくちゃ下品な顔になってる!!」


 冗談交じりの一言だったのだが。

 心が通じたのは気のせいだったかもしれない。



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