亮太がポーションを飲んだ直後、その体がほんのりと発光しはじめた。
蛍光塗料のようなわずかな光で、じっと見つめていなければ周囲からは気付かれないだろう。
光は亮太の右肘と左の膝、腰や股関節といった部分に集中しているようだった。
(えっ、亮ちゃんの体が光ってる!?)
渡が驚愕の表情で亮太を見つめていたが、彼も自分の体を呆然と見ていた。
「おおっ、これは……体が熱い!?」
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ……。もう収まった。なんだこれ」
「治療効果があった証拠だと思いますよ」
「なんで体が光るんだよ。おかしいだろ。…………痛くない?」
鋭くツッコミを入れていた亮太だったが、ふいに自分の腕を見つめた。
光はすでに収まっている。
そして次の瞬間には慌てたように腕を回したり、体を捻ったりと挙動不審な動きを始めた。
表情が張り詰め、目を見開いて、その態度にはどこか必死なものがあった。
「え、マジで? いや、痛くない。これも、これも! え、肘が伸びる!」
「亮ちゃん、周りがめっちゃ見てる、すごく注目集めてるで!」
「っと、わりいな」
ホテルの中にあるような喫茶店は、客層もそれなりに落ち着いた人が多い。
大きな声を挙げている亮太の姿は目立っていた。
とはいえ、もし長年の苦痛が一瞬にして取れたというのならば、その感動は大げさでも何でもなかっただろう。
怪我に悩む選手の苦労を、渡は理解も共感もできない。
それほど真剣に競技に取り組んだことがないからだ。
それでも、過去に怪我に苦しめられ、一時暗い顔をしていた亮太の姿を、渡は覚えていた。
「なあ、ちょっと喫茶店でて体動かしても
「もちろんですよ。公園でも行きますか」
「うん、そうしよう」
驚きからだろうか、普段は標準語を話す亮太の口から、自然と関西弁が出ていた。
スマホでマップを出して、辺りの小さな公園に移動する。
ブランコと時計ぐらいしかない、とても寂しい公園だが、幸いなことに利用者はおらず、亮太が体を動かすにはむしろ都合が良かった。
初夏の汗ばむ陽気の中、亮太がその優れた身体能力を遺憾なく発揮する。
ダッシュや反復横跳び、フルスクワットに投球動作、スイング。
色々な動作を繰り返すたびに、亮太は歓喜の声を挙げ、笑顔を浮かべる。
「ウハハ、なんやこれ!? マジで
「亮ちゃん、良かったなぁ」
「うおおおおおお、すっげええええ!! 見ろ渡! こんな動きもできるぞ!!」
「うおっ、ロンダートからのバク宙、これホームランの時のパフォーマンスで見たことある!」
「体が軽い! もう何も怖く――」
「ちょっと待った!!」
「な、なんだよ渡」
「それはなんかヤバい感じがするから言っちゃダメ!」
「なんか意味がわからないけど、まあお前がそこまで必死に止めるなら、やめとくよ」
とてつもないフラグを立ててしまいかけた気がして、渡は慌てて亮太の発言を遮った。
何のことかよく分からないが、今後
一体何を言われているのかとキョトンとした表情を浮かべた亮太だったが、今も喜びの感情は心を浮き立てているらしい。
にこやかな笑顔でそうか、と頷く。
どうやら惨劇は回避されたらしい。
亮太の態度や体の動きから、回復ポーションの効果はほぼ間違いないように思えた。
だからこそ、亮太から支払いを求めなければならない。
ここで居直るような人ではないと信じているものの、人というのはその時になってみると意外な反応を示すことも珍しくない。
渡はバクバクと心臓の音を聞きながら質問した。
「亮ちゃん、どうかな効果のほどは」
「あー」
亮太はそうだった、というように声を挙げた後、一瞬表情を厳しくした。
まさか、という考えが頭に浮かぶ。
「痛みは完全になくなった。だからか、柔軟性が良くなったからか知らないけど、動かしたときに違和感があるな。これは多分すぐに慣れると思う」
「つまり効果を実感したってことで良い?」
「……ああ! 疑って悪かったな! これはたしかに
「そうだったんですね」
「これなら全力で動けそうだ! ありがとうな、俺に声をかけてくれて。今年の残りの試合を楽しみにしててくれ。絶対に最高の活躍をして見せるぞ」
「楽しみにしてますよ」
「今度チケット送るわ。見に来てくれ。ああ、約束通り金も払うし、知り合いも紹介するぞ」
「せっかく見に行ったのに全打席三振とか止めてよ」
「アホぬかせ」
満面の笑顔を浮かべて、亮太は腕を挙げた。
鍛え上げられた上腕二頭筋が力こぶをつくる。
その姿は自信に溢れていた。
なによりも亮太の役に立てたことが、渡には嬉しかった。
○
三五〇万円という大金を振り込むには本人確認が要る。
平日ということもあって二人して銀行に向かい、口座に振り込んでもらった。
渡はWebライターとして活躍するため、個人事業主として開業届を出している。
そうでなければ雑収入になって、途方もない税金を取られるところだった。
(たった一回の取引でこれだけの金が……)
通帳に金額が一気に増えると、じんわりと感動が生まれた。
そして、これは始まりにすぎず、今回限りの収入ではないのだ。
むしろこれからが本番だと言える。
さすがに時間が経ったからだろう、亮太も一時の興奮は落ち着きを見せ始めていた。
それでも機嫌の良いと分かる声で、渡に質問する。
「それで、俺に紹介してもらいたい選手とかいるのかい?」
「紹介する選手はお任せします。同じ球団でポジションが被らない人とか、別球団や何だったら種目が違うスポーツ選手でも結構です」
「それは助かるな。……本音で言えば、同じポジションの選手の手助けはやっぱりしたくない」
「そりゃそうでしょ。自分の生活がかかってるんだから」
亮太の発言に同意を示す。
非難されなかったことに、亮太はホッと息を吐いていた。
「亮ちゃんが俺を信じられなかったように、他の人だっていきなりは信じてもらえないかもしれません。でも怪我に悩んでる選手で藁にも縋りたい、そのためのお金なら用意できる人もいるはずです。そういう人を紹介してください」
「渡が思ってる以上に、かなりいると思う。連絡先はどうする?」
「ちょっと事情があって、しばらく連絡がつかないこともありそうなんですよ。だから、俺のメールにメッセージを送るようにお願いできますか」
「おう。それは構わないけど、いまどき連絡がつかないってどこまで行く気だ?」
「こんな薬が手に入る場所なんで、ちょっと言えないんです。スミマセン」
「いや、そりゃそうだよな」
まさか異世界の存在を正直に言うわけにもいかない。
適当に濁す形になったが、亮太はそれで納得した。
彼の想像ではアマゾンの奥地の部族とでも交渉している姿が浮かんでいるかもしれない。
当たらずとも遠からじ、というところか。
「じゃあ、俺は次の仕入れもあるんで、そろそろ帰ります。今日は忙しい中会って、購入もしてもらって本当にありがとうございました」
「いや、俺の方こそありがとう。渡のおかげでこれからもっともっと野球ができそうだ。まさかこんな日が来るとは思ってなかった。お前は俺の恩人だ、ありがとな」
「ニュースで名前見るの楽しみにしてますから!」
頭を下げ合って、その場を後にする。
狙い通り大金を得られたこと、亮太の役に立てたこと、今後の商売が上手く行きそうなことに、心が湧きたつ。
(マリエルとエアに報告してやらないとな。あいつらきっと喜ぶぞ!)
思わず足取りも軽くなって、帰路を急いだ。
その年、遠藤亮太は復帰後に抜群の成績を残し、球界を大いに盛り上げることになる。
が、それはまだもう少し先の話。