地球とは違う文明のものを、一体どうやって輸入して、現金に換えるのか。
この問題は考えてみると、結構難しいように渡には思えた。
特に大きな問題が法による規制と、情報化社会による出所の拡散だ。
たとえば医薬品については認可の問題がある。
勝手に薬を創って出来たから売ります、では製薬会社が好き放題できてしまう。
国が認可をし、免許などを持った薬剤師が販売する仕組みがすでに出来上がっている。
動植物も検疫などの問題が立ちふさがる。
金貨や美術品を質屋や買取所に持って行くのは手っ取り早い現金化の方法だが、身元の証明を行う必要がある以上、脱税――とその幇助――を疑われて税務署の役人が来かねない。
また、どれだけ効果があってもそれを保証し、販売するにはそれなりの店、認可、コネクションなどが必要になってしまう。
そういった諸々を考えると、すでにある企業に商品を持ち込むか、あるいは現代日本でも非常に貴重な効果のあるものを、一部の好事家や金持ちに売り払う、というのが手段として妥当だと思えた。
それには当然ながら、いきなり持ち込んでも相手にしてもらえる信用度が必要になってくる。
まだまだ若者であり、これといった大きな実績を持たない渡にとって、門前払いをされずに真剣に話を聞いてくれる相手というのは少なかった。
マソーからモイー男爵について情報を聞いた
また機会があれば、少し都合が悪くて、大抵は好意的な返事が届かない。
ダメかな、と諦めが心に浮かびかけた時、その内の一つから会っても良い、と返事が届く。
渡は思わず両手をグッと握りしめ、声を挙げていた。
「よし、連絡がついたぞ!」
「どうされたんですか、ご主人様?」
「こっちでお金を稼ぐことができるかもしれない。ちょっと出かけて人と会ってくる。悪いが今日の二人は留守番をしていてくれ」
「ご一緒できなくて残念ですが、家の管理はお任せください」
「エアも悪いな」
「ううん。主がアタシたちのために頑張ってくれてるし、アタシは鍛錬がんばるよ」
シュンと肩を落とす二人を見ていると悪いことをしている気持ちになる。
できれば渡も二人を連れて、街の案内をしてあげたかったが、今日はそういうわけにもいかない。
大切な話をするのに彼女連れで来ているのか、と失礼に思われるリスクを避けたかった。
それに購入した物の整理や、電子機器などに慣れてもらう必要もあり、家のことを任せることも重要な時間だと思えた。
エアについては護衛として本来の仕事をさせてあげられないのは悪いと思う。
(ただ、エアについても心配がないわけじゃないんだよな)
殺人や殺傷についての倫理観が、現代日本人とはまったく違う。
地球でも国によってはスリやひったくりをボコボコに殴り、死んでしまうこともあるというが、そういう国の感覚に近いところがある。
日本は平和な国だから暴力はダメだといくら口で言っても、咄嗟の時に手が出てしまうかもしれない。
マリエルやエアはとても目を引く。
強引なナンパで怒って殺人事件を起こした、など絶対にないとも言えなかった。
連れて行ってあげたい、色々な経験をさせてあげたいと思う一方で、どうしてもまだフリーハンドにはできそうになかった。
これも時間とともに解消される悩みなのだと思う。
○
大阪市内にあるホテル内の喫茶店に、目当ての人物はいた。
周りよりも頭二つ分は背が高く、がっしりとした骨格は遠目でもよく目立つ。
遠藤亮太は渡の二つ上の先輩で、現在はプロ野球選手として活躍している。
ポジションは二塁手、今年の開幕戦でも一軍で出場していた。
亮太は渡に気付くと、その長い腕を挙げて左右に振った。
「亮ちゃん、お久しぶりです」
「おう、渡! 本当に久しぶりだなあ、ええ!」
体格に似合った大きな声で、端正な顔に笑みを浮かべる。
(プロで活躍できるぐらい運動神経が良くて顔も良いんだから、神様はズルいよな)
亮太との出会いは幼稚園からになる。
家が非常に近所だったため家族ぐるみで仲良く遊んでいた。
小学生のころから野球漬けだった亮太は、その頃からすでに才能の片鱗を見せていたが、強豪高校に入学した頃からスカウトに注目されるほどの成績を残していた。
私立のスポーツ特待生として入学し忙しく練習に明け暮れていた亮太とは次第に会う機会も減っていたが、それでも少年時代によく遊んだだけに、仲は良かった。
渡が直接的にコンタクトが取れる、ほとんど唯一のコネクションだ。
それはつまり、今回の交渉に失敗すれば、迅速な現金化の手段がなくなってしまうということでもあった。
もちろんダメだった場合は金貨を質に入れるなど他の手段を取ることもできるが、それは渡のやりたい稼ぎ方とは少しばかりズレる。
渡にとっては失敗の許されない交渉であり、今は大きな重圧がかかっていた。
「今日は忙しい中、わざわざ来てくれてありがとうございます」
「もう三年ぶりぐらいか。今何してるの?」
「ウェブライターの仕事と、つい最近になって個人貿易みたいなのを始めました」
「へえ、なんか変わった仕事をしてるね」
ウェイトレスにホットコーヒーを頼んで、すぐに近況を伝える。
亮太の表情がわずかばかり強張ったのを、渡は見抜いた。
長年の交流があったとはいえ、社会人になってしばらく交流が途絶え、突然会いたいと言われたのだ。
宗教やマルチの勧誘を疑われてもおかしくない。
エアコンの利いた空間に体を涼ませながら、意識して渡は苦笑を浮かべた。
「心配しなくても宗教もマルチも保険も関係ありませんよ」
「ああいや、別にそういう心配はしてないけどさ、ほら、俺が野球選手になってから急に会ったこともない親戚が増えて参ってたんだよ」
「そういう話は聞いたことありますけど、本当にあるんですね」
「あるある。それで大損した人も多いんだぜ」
華々しいプロ野球選手も、見えないところでは地味で苦労も多いのだろう。
とはいえ、渡も亮太のプロ野球選手としてのコネクションや貯蓄を頼りにしているのだ。
一つ違うのは、渡は亮太を一切騙そうと思っていないことぐらいだろうか。
むしろ、せっかくの貴重で効果のある回復ポーションを、一番に飲んで欲しいと思っていた。
ウェイトレスがコーヒーを持ってきた。
暑い日のエアコンでキンキンに冷えた空間に、湯気が立ち上るホットコーヒーを飲む。
砂糖はほんの少し、ミルクは少し多めに。
渡は自分を落ち着かせるつもりでコーヒーに目を注いでいた。
鼻にコーヒーの香ばしい薫りが抜けていく。
少しだけ落ち着いた。
「亮ちゃんにはコイツを飲んで欲しいんですよ」
「なんだこれ……? 栄養剤?」
「これはケガを治す薬で、俺が国外から仕入れてきた新薬です。三〇〇万円します」
「三〇〇万!?」
(自分で言っててめちゃくちゃ怪しいな……こんな話を誰がいきなり信じるんだろうか)
思わず苦笑が漏れそうになりながらも、渡は真面目な表情を保った。
荒唐無稽な話をしているからこそ、せめて態度だけでも真剣でいる必要がある。
案の定、亮太はまったく信じていない顔をしていた。
近所の親しかった後輩に向けていた目が、今は怪しげなビジネスマンに向ける冷たい視線に変わっている。
「なあ渡、お前騙されてないか?」
「本当ですよ。実際に飲んだことのある子から話も聞いています」
「……いくらお前だからって、そんな与太話を信じられると思うか?」
「思いません。俺だったら怪しいビジネスでも始めたのかと疑います」
「だろう――」
「だから、成功報酬で結構です」
最初からいきなり信じてもらえないのは、予想していた範疇だ。
だからこそ、どうやって信じてもらえば良いのか対策を考えてきた。
テーブルに肘をついて、手を組む。
「俺はもうこれに三〇〇万をかけてます。だから亮ちゃんが効果を感じたら、三五〇万と故障に悩んでるプロ野球選手を紹介してください」
「五〇万は稼ぐんだ」
「仕入れ値以外もお金かかるんですよ。安いお金じゃないのは十分わかってます。でもプロ野球選手が故障を完全に治せるなら、全然出せる金額だとも思ってます。違いますか?」
亮太がグッと息を詰まらせた。
今年の開幕まで一軍だった彼は、五月に膝を負傷して離脱している。
渡はそれを安静期間だと考えた。
突然の誘いに応じてくれたのも、亮太が休養中だったからだろう。
「この薬は古傷にも効くんです。たとえば
「そっか。渡は俺が中学の時に膝をやったの知ってたな」
「ええ。成功報酬なんです。騙されたと思って飲んでみてもらえませんか?」
「まあ、そこまで言うなら飲むけどよ」
「亮ちゃんは三五〇ですけど、他の人には五〇〇で請求する予定です。そのために契約書もちゃんと用意してきました。亮ちゃんが治ったらちゃんと紹介もしてもらいます。差額はそのためのものですから」
「すごい強気だな……。まあいい。俺だって治したいのはマジだからな。効果がなかったら一円も払わないぞ? そういう話で良いんだな?」
「構いません。でも効いてるのに、効いてないふりをするのは止めてくださいよ」
「しねーよ。あとで活躍を見ればバレるんだからよ」
渡が断言したことで、亮太は悩んでいたが、やがて納得したのか、ポーション瓶のコルクを抜いた。
キュポンと音がして、中身をじっと見つめる。
(頼むからちゃんと効果があってくれよ)
エアの発言から大丈夫だと思うのだが、異世界のよく分からない力が働いている飲みものだ。
向こうでは効果があったとして、こっちでも同じ効力が期待できるとは限らない。
渡の不安そうな目に見つめられながらも気付くことなく、亮太が慢性用のポーションをグイっと煽った。
どろりとした液体が瓶を流れて口に入ったかと思うと、渡の目に驚きの光景が映った。