翌日、前日に立てていた予定通り、渡たちはマソーの奴隷の店に来ていた。
訪れた店の前は相変わらず門番がいるが、渡の顔を覚えていたのだろう。
すぐに通してくれた。
武器を持っている護衛なので、少しでも愛想が良いととてもうれしい。
入ってみれば相変わらず威圧感のある奴隷商人のマソーに出迎えられた。
相変わらずムキムキで、男性性を強調したいのか、女性性を強調したいのかよく分からない。
「あら、この前のウェルカム商会の紹介で来たお客様じゃないの。今日はどうしたのかしらん?」
「ちょっとエアのことで相談がありまして」
「うちの商品に何か問題が?」
「いえ、そういうわけじゃありません。二人にはとても満足しています」
「そうみたいね。綺麗に着飾っちゃって。可愛がってるみたいで良かったわん」
「あー、その……。ひとまずウィリアムさんに手紙を受け取ってますんで、見てもらえますか?」
「分かったわ。拝見するわね」
まっすぐに可愛がっているなどと言われると照れてしまって言葉が出てこない。
ひとまず会話を打ち切りたくてマソーに手紙を渡すと、すばやく中身を確認して何度か頷きを繰り返す。
事情を呑み込めたのだろう。
マソーの表情からは疑問の色が抜けていた。
そして素早く次の疑問を解消するため、棚から書類を取りだし、契約書か顧客台帳を確認し始める。
「金虎族の持ち物を買った人物か。誰だったかしら。たしか……ちょっと待ってね。確認するわ」
「お願いします」
「ああ、モイー男爵ね。蒐集家として有名な人よん。美術品とかを中心に、珍しいものはかなり幅広く集めてるの」
「交換に応じてもらえそうでしょうか?」
「そうね。特定の物に強い拘りがあるわけじゃないから、同じくらい価値のあるものなら行けるんじゃないかしらん?」
「そうですか。良かったです」
朗報だった。
これで刀剣類に非常に愛着を持っている人などであれば、交渉にも難儀した可能性が高い。
不安そうに渡の横に控えているエアの肩を軽く叩く。
にへへ、と嬉しそうにエアが笑った。
問題解決に動き出しているとはいえ、実際に成功するかどうかは未知数で不安だっただろう。
それでも可能性が見えてきた。
「モイー男爵はどういう人なんですか?」
「やり手の貴族よ。爵位こそ低いけれど多くの農園を経営していて、手腕も確か。その稼ぎでコレクションを集めてるってわけね。ただうちのお得意様ってわけじゃないから、それ以上のことは分からないの。ごめんなさいね」
「なるほど。いえ、とても助かりました。直接会って交渉してみようと思います」
「だったら私から一筆書いてあげるわ。貴族との面会に紹介もなしに行っても門前払いを喰らうだけだしね」
「良いんですか、ありがとうございます」
「どういたしまして」
パチコン、とマソーはウインクを飛ばして笑みを浮かべる。
ムキムキのボディビルダースマイルに渡は威圧感すら覚えたが、その親切心にはとても感謝していた。
そして同時に、紹介元のマソーに迷惑をかけないためにも、しっかりとマナーを学び、交渉の品は厳選する必要があるとも考える。
貴族を相手にいきなり無礼なことをするような感性はしていなかった。
しかしあまりの厚意に申し訳なくなって、マソーには理由が聞きたくなった。
一度買っただけの客にここまでしてくれる義理などどこにもないはずなのだ。
「親切にしてもらっていてこんなことを言うのは失礼ですけど、どうしてここまでしてくれるんですか?」
「奴隷商をしているとね、本当にいろんなお客を見るの。奴隷を買うってことは、自分の何か役に立てるために買うわけでしょう?」
「それはまあ、そうですね」
「でも、買った奴隷のために優しくしてあげる主人もいるわけ。せっかく売った奴隷をひどく扱わないお客様はうちも大歓迎なのよね。覚えておいてね?」
「分かりました。ありがとうございました!」
「ンフフ、物足りなくなったらまた来てちょうだい。とびっきりの良い娘を揃えておくわ」
「その時は利用させていただきます。また、紹介したい人が出たらこちらを紹介させていただきますよ」
「それで十分よ。じゃあ、またお会いしましょう」
次があれば本当にここを利用しよう。
また、求める人がいれば紹介もぜひしたい。
マソーに見送られて店を出た。
マソーに渡された封筒を見つめながら、道を歩く。
マリエルとエアが綺麗に着飾ってから、道行く人々の視線が以前よりもさらに集まるようになっている。
「モイー男爵の領地ってどこなんだ、マリエルは知ってる?」
「はい。この街が王都から下った場所にあるというのはお伝えしましたよね。モイー男爵はここからさらに南東の方角に五日ほど進んだところにあります。穀物と畜産の生産地としてとても重要な領地ですよ」
「一つ気になったんだけど、男爵ってそんなに儲かるものなのか?」
「貴族の爵位と資産はあまり関係ありませんよ」
「そうなの? でも高位の貴族の方が、大きな土地を持ってたりしないのかな」
「そうとも言えないんです。どれだけ上手に領地経営ができるか、売り物になる資源があるか、特産品や河川貿易ができるかの方が大切だったりします」
「詳しいな」
「少しでも領地を上手く経営したくて、学園で勉強していたので」
日本でも戦国時代には土地を持たない貧乏な貴族が沢山いたというし、絶対の法則ではないのだろう。
「マリエルはそのモイー男爵と面識はあるのかい?」
「晩餐会などでご挨拶をしたことはあります。
家の話になるといつもマリエルの表情は曇る。
奴隷になるくらいだから、家の状況はあまり良くなかったのだろう。
かといって、マリエルとモイー男爵との面識があるかどうかぐらいは聞いておかないと、今後何か起きた時に困るので、聞かないという訳にもいかなかった。
「となると、モイー男爵の気に入りそうな蒐集品を用意するのが先かな」
「お金のある好事家ですから、かなり目は肥えていると思います」
「主……大丈夫?」
「エア、俺に任せておけ。きっとなんとかしてやるからな」
世界すら違うのだ。
いくら貴族が相手といえど、モイー男爵の見たこともないような物はいくらでもあるはずだ。
となれば、やるべきことは自ずと見えてきた。
「まずはこちらで売れるものを探して、日本円を稼ぐことだな!」
無い袖は振れない。
交換する品を買うのにもお金がいるが、異世界のお金ならともかく、日本円の方の貯蓄はかなり厳しくなってきている。
二人を買ってから一度も仕事をしていない上に支出も重なった。
今後の生活費を稼いで、かつ恒常的に収入を得る方策を探す必要もあって、まずは急いでお金を稼ぐ必要があった。