マリエルの服が揃ったため、次はエアの服を買うことになった。
「動きやすいの!」
「好きな色とかはありますか?」
「黒! あと緑も良い!」
エアの要求はものすごくシンプルだ。
護衛として目立たない、夜に目立たないなど、種族の本能に従っている節がある。
要求が簡潔過ぎて選択肢がなかなか絞れないのか、サンディが考える負担が大きそうだった。
「もし彼女の身体能力が上がるような装飾品とかがあればそれも出してください」
「分かりました。素材の良さをシンプルに引き立てる方向で考えます」
渡の横からの発言にも嫌な顔一つせず、素早く動いてくれる。
棚から再びいくつかの候補が出されて、エアを連れて試着室へと移動した。
すでに自分の分は決まっているマリエルは、かなり機嫌が良いらしく微笑を浮かべていた。
(やはり女性だけあって買い物の場が好きなんだろうか?)
渡としても異世界で初めての買い物らしい買い物だ。
選ぶのを待つ間も興味がかき立てられて、少しも待っているという感覚はなかった。
「ね、ねえ。これを見せるの? 本当に?」
「さあ、とってもお似合いですよ、見ていただきましょうね」
「ど、どうかにゃ……」
きょどきょどと不安そうに試着室から出てきたエアの姿を見て、渡は言葉を失った。
滑らかな光沢のある黒い革素材の全身タイツ。
伸縮性があるのか、メリハリの効いたエアの肢体の凹凸が浮き彫りになって、凄さを完全に引き立てていた。
思わずすんなりと口から言葉が出てこないが、褒めなくてはとの一念で、渡は口から言葉を吐きだした。
「あ、う、うん。すごく綺麗で、似合ってると思う……」
「うわあ、獣人のスタイルの良い人って、やっぱりちょっと反則ですよね。私もそれなりにスタイルに自信あったんだけどなあ」
「マリエルもすごい美人だろうが。ただ、ちょっとこれは別格でスタイルがいいとは思う」
お世辞抜きの賞賛だった。
サラサラと輝く長い金の髪、スーツを盛り上げて破れそうなほど張り詰めた胸と、ああ、猫科だもんなと納得する細くくびれた腰。
俊敏さを感じさせる大きな骨盤とお尻から、驚くほど長く脚が伸びている。
なんというか、エアのスタイルは普通の人間だと構造的に不可能に思える、非現実的な美しさがある。
それこそ彫刻やフィギュアのような、強調された美しさ、あるいは極端な画像加工を施したような美を感じる。
反応を不安そうにしていたエアは、渡の目を見て瞳を揺らした。
「にゃ、にゃにかおかしい?」
「いや、いやいや、よく似合ってる! 本当だ!」
「そ、そうかにゃ……うへへ……主が嬉しそうで、エアもうれしいな」
「お前……その素直なところ本当に可愛いな」
「ほんと!? アタシかわいい?」
「ああ、可愛いよ」
「にゃふふふ、うにゃー、にへへへへ……」
顔を真っ赤にしてテレテレとしだしたエアの姿は、美しいだけでなく可愛らしくもあった。
恥ずかしいからか、何度も顔を手で隠そうとするのだが、耳がパタパタ、尻尾がブンブンと振られていて、心情が丸わかりだ。
渡の心臓がバクバクと高鳴る。
かあっと頭に血が昇って、今まで以上にエアが魅力的に見えた。
(一目惚れみたいな衝動で買ったけど、本気で惚れてしまいそう……)
すでに十分に夢中になっている渡だったが、ますます魅了されていく自分を感じる。
エアもある程度格式のある場に出る可能性を考えて、いくつかの服を購入した。
動きやすさを考慮してスカートではなくパンツが中心になったが、特に目を引いたのがショートパンツだ。
これがスラッ、ムチッとした脚線美をこれでもかと見せつけていて、とても魅力的だった。
滑らかで光沢すら感じるすべすべの肌は、室内の明かりですら眩しいくらいに輝いていた。
問題は上着だ。
爆乳とも呼べる大きすぎるおっぱいのせいで、伸縮性のある素材か、腰を紐などで結ばない限り、肥満体型に見えてしまう。
谷間を見せつけるような服ばかりというのもバランスが悪い。
モンスターの素材を使用したりと、装飾よりも素材自体で高くついてしまった。
サンディからは、既製服よりも仕立てた方が良いとアドバイスされる。
今後はそういった方面にお金を出すことになるだろう。
エアが装飾品で求めたのはブレスレッドとリボンで、感覚をより鋭敏にする効果があるそうだった。
腰元まで伸びている長い髪をリボンでポニーテールに括ると、可愛らしさというよりも凛々しい顔に見える。
「これでおかしな奴が来たらエアがボカッて殴ってやる」
「期待してるよ。まあ何も起こらないのが一番だけどな」
「うん。主は危ないところも気にせずフラフラ近寄るくせがあるから気を付けて」
「えっ、俺そういう感じなの?」
鞄としては、冒険者が使うようなリュック型のものを購入する。
容量がかなり大きく、小分けに出来るスペースが沢山設けられていた。
丈夫で軽く雨にも強いと、むしろ日本で買える大半の商品よりも高性能な品質だった。
(やっぱり何が何でも日本の方が優れてるわけじゃないな。思い込んで買うと失敗しそう)
渡自身もいくつかの買い物をした。
一番嬉しかったのは、羽織っているだけで暑さが和らぐという『清涼の羽衣』と呼ばれるサマーセーターのような服だ。
着用していると自然と体温を抑えてくれて、蒸し暑い日本の夏の気候に持って来いだった。
こちらではありふれた技術の一つということで、銀貨五枚で買えた。
シンプルながらもオシャレで、寒すぎるようなこともない。
日本の貨幣換算だと五十万近い値段になるが、もとよりこの地は食料品などを除けば基本的には生産品は職人による手工業のため割高。
そう考えると、むしろお買い得と言えた。
○
わいわいと楽しく買い物を終えて、さあ店を出ようという時になって、ウィリアムが見送りに来てくれる。
「ウィリアムさん、今日はありがとうございました。買っていただいた砂糖の料金をかなり使わせていただきましたよ」
「お買い上げ誠にありがとうございました。またいつでもご利用ください」
「そうですね。まだまだ欲しいものは多いですし、買わせてもらいます」
買い物の興奮で自然と笑顔を浮かべていた渡だったが、ウィリアムの様子が少しおかしい。
「これは余計なお世話だと思うのですが、一つだけお伝えしておきたいことがございます」
「なんでしょうか?」
「人払いをお願いします」
「分かりました」
ウィリアムの表情がとても真剣な物だったから、渡は訝しがりながらも、真面目に耳を傾ける。
奴隷であるマリエルとエアを遠ざけ、奥さんや従業員も近寄らせない徹底ぶりは、生半可なことではないだろう。
ウィリアムは顔を近づけて声を潜めて、壁越しにも周りに聞かれないように注意を払いながら、口を開いた。
「中央で砂糖の取引が広まれば、貴族の方々も興味を持ち、一体どこから仕入れたか探り始めるでしょう。当店が大切な仕入れ元をバラすような真似はしませんが、人の口に戸は立てられぬものです。いずれどこからか漏れてしまうでしょう」
「それは、俺の身に危険があるってことですか?」
「可能性の話ですが、ありえます。儲けに一枚噛みたい強欲な貴族、あるいは既存の砂糖を販売していた商人などが、ワタル様に危害を加える可能性は、ないとは言えません」
「ど、どうすればいいんでしょう?」
「さて……。護衛に武器を与えるのを急ぐのはまず第一。怪しい場所に近づかないこと。待ち合わせでは人の目の多い場所を選んだり、うっかり個人の場所で招待を受けないこと、でしょうか」
「なるほど」
「あとは信頼できる後ろ盾を得るというのも手だと思います。私のような者ではなく、もっと影響力のある方の」
「そんな知り合いはいませんよ」
「ワタル様は砂糖に限らず、貴重な物をお持ちでしょう。今とは言わず、今後どなたかと知己を得ることもあるでしょう。そのような時にはご相談されると良いですよ」
「分かりました。わざわざ親切にありがとうございます」
「いいえ、貴重な仕入れ先ですからね。私も利益あってのことです。それではワタル様、本日は来店ありがとうございました。またのご来店を、いつでもウェルカアアアム!!」
ウィリアムは気障なまでに決まったウインクをした後、空気を入れ替えるように、大きな声が辺りに響き渡る。
相変わらずの変わった挨拶に苦笑を漏らしながらも、親切なアドバイスに感謝して、渡は店を出た。
相談事が終わったのだと、マリエルとエアが渡に寄ってきた。
特に心配事はなかったのだと、意識して渡は平静な表情を作る。
「おい、持ってくれるか。こんな大荷物を一人で持ってられないよ」
「はい。こんなにも沢山買っていただいて、ありがとうございました」
「あるじっ、ありがとうございました! だいすきっ」
「おう。いやあ、ぱあっと豪遊するのってマジで気持ちいいのな。俺はこういう残金を心配せずに買い物するの初めてだわ」
裕福な家庭に生まれたわけでなく、人生で大きな成功を収めたわけでもなかった。
支払金額を常に頭の片隅で計算しなくていい散財がこれほど楽しいとは知らなかった。
エアの鞄に荷物を詰めてパンパンに膨らませる。
エアはひょいっとそれを背負うと、弾むようにして歩き始めた。
その腰元にはおまけとしてもらった木刀があった。
「エアも機嫌良さそうだな」
「うん、とりあえずでも、腰に差してると落ち着く」
「ちゃんと武器は取り戻すから、少し待っててくれよな」
「信じてる」
「よし、じゃあ今日は買い物もしたし、一度帰るか。それで明日マソーさんところに相談だ」
「了解いたしました」
「にゃはは、たっのしみー!」
三人で買った荷物を鞄で背負い、帰路に立つ。
今回はまだまだお金にも余裕があり、しばらくは裕福な暮らしが出来そうだ。