従業員の手によって、棚からカウンターに沢山の服を下ろされていく。
綺麗に折りたたまれたドレス、ワンピースやスカートといった、どちらかと言えば装飾の少ない服装が多い。
だが、別の山を見れば、宝石や刺繍の散りばめられた、とても技工の凝った服も入っていた。
「装飾の多いものは夜会用として、少ないものは普段着に良いかと思います。まずはマリエルさんからどうぞこちらに」
「は、はい。よろしくお願いします」
「銀のロングヘアに合わせるなら、大体の色はよく似合うかと思います。雰囲気からして淡い色合いの方が良いかしら? 身の回りの世話として働くのでしたら、フリルの少ないスカートやパンツの方がいいですよね」
「そうですね。私としてはお仕事を第一優先にしたいと――」
「それだけじゃダメだよ。できたら俺はマリエルにもエアにも綺麗に着飾って、おめかしした姿で連れ歩きたい」
「だそうですよ?」
「はい……。分かりました」
せっかく一緒に歩いたりするなら、綺麗な姿の女性と一緒にいたい。
そんな男としての欲望と、奴隷だとしても綺麗でいることに問題はないんだから、気にせず素敵な服を着てほしいという二つの気持ちが、渡にはあった。
マリエルが嬉し恥ずかしそうに顔をうつむかせた。
サンディとマリエルがどんな服を選ぶのか、打ち合わせを続ける。
女性の服選びは長いとはよく言うものの、二人のやりとりはむしろ的確で素早い。
必要要件をすぐに固めて、すぐさまどれを選ぶのかを決めてしまう。
この辺りはマリエルが過去に貴族の娘だったことも関係しているのだろうか。
いざ心を決めると注文の出し方にも戸惑いがなかった。
いくつかの服を手に取ると、サンディに誘われて、試着室へと入っていった。
着る服によっては自分一人ではなく手伝いがいるものもあるのだろう。
(しかしここ、雑貨店なのに試着室まで用意されてるのか?)
「どんな格好で出てくるんだろうな?」
「アタシも楽しみっ、マリエルはきっととても綺麗だから!」
「そうだよな。俺もすごく楽しみだよ」
「ちょっと、ハードル上げすぎないでください!」
試着室の薄い壁越しから、マリエルの焦った声が聞こえてくる。
エアとふふふ、と顔を合わせて笑いあった。
でも本当に楽しみだ。
○
「お待たせしました」
小さく声をかけて、マリエルが部屋から出てきた。
おずおずとした足取りでとても恥ずかしげに歩く。
着ているのは薄いピンクのワンピース。
腰元をゆるく紐で絞っているせいで、胸の突き出しが凄い。
渡の視線が自然と胸へと吸い寄せられる。
そして腰がすごくくびれていて、対比で目立った。
なによりも腰紐の位置だ。
こんな高い位置にあるの、と渡は自分との差異に愕然とする。
「うおおお、マリエルきれー!」
「ありがと、エア。ご主人様、どうですか?」
「あ、うん。すす、すごく綺麗だよ」
「あら、お気に召したみたいで良かったです」
ヤバい。
まともに目を合わせられない。
元々素材が抜群に良かったのに、綺麗に着飾るとこんなにも美しく見えるのか。
舌が急にもつれて、たどたどしい言葉遣いになってしまう。
そんな渡の反応を嬉しそうにクスリと微笑んで喜んでみせるマリエルの反応がいじらしくて、今すぐ抱きしめたくなった。
これで人目がなかったら衝動的に本当に抱き着いていたかもしれない。
装飾の少ないシンプルなドレス。
肌の露出は少な目だが、体のラインはしっかりと際立たせている。
太ももの中ほどからスラッとした脚が見えていて、スタイルの良さを引き立てる。
肩からかけた小さなバッグは、クロコダイルのようなデコボコとした質感で紐で口を縛られていた。
文句の付けどころのない見立てに、渡は深い満足を得て、購入を決めた。
「サンディさん、これ買います。他の組み合わせもよろしくお願いします」
「早速のお買い上げありがとうございます! せっかくですし色々なパターンを試してみましょうか」
「ええ。いったいどんな綺麗な姿が見られるか、今すごく楽しみです」
渡はサンディに期待を告げると、すぐさま次の組み合わせを用意して、マリエルに試着を促した。
いくつかのシンプルなドレス、自宅でのゆったりと着る私服、給仕用のメイド服。
色々な服が披露された後、サンディが目に笑みを
「ええ! こ、これ着るんですか?」
「大丈夫ですよ。ほら、期待して待たせてるんですから早く着ないと、退屈させてしまいますわよ?」
「わわわ、そんな急がせないでください。だってこれ、見え過ぎじゃないです?」
「ご主人様の視線を釘付けにしたいんでしょう? ほら、頑張って!」
「うぅぅぅうぅ……」
なにやら焦ったマリエルの声が聞こえてきたが、さすがに茶々を入れない情けが渡にはあった。
(これで余計なことを言ったら間違いなく顰蹙を買ってしまうだろうな)
(しかし一体どんな格好で出てくるんだろうか)
(あの慌てぶりからすると、相当セクシーな姿に違いない……)
そう考えると、渡は少しエッチな妄想をしてしまう。
表情を崩さないように気を付けて、渡はマリエルが出てくるのを静かに待った。
しばらく準備に手こずったようだが、マリエルが扉を開いてゆっくりと出てきた。
最初に顔だけを出してきたが、その顔が真っ赤になって目が潤んでいる。
マリエルが着ていたのは、スリットの入った黒いドレスだった。
肩紐と背中、腰の三点で保持しているものの、とても露出が多いものだ。
肩は完全に露出していて、背中は肩甲骨や腰元辺りまで大胆に切りぬかれている。
大きな胸は絞られて、深い谷間を強調するように胸を支えていた。
「うわっ……」
まったくの無意識に渡の口から感嘆の声が漏れ出る。
羞恥の余りだろう、マリエルは涙目になりながら、睨むようにして渡の感想を求めてきた。
「あらあら、ワタル様は見惚れて言葉を失ってますよ?」
「どうなんですか? こんな恥ずかしい思いをしてるんですから、感想の声ぐらいあっても良いと思いますけど」
「…………すごく、綺麗だよ。俺がこれまでの人生で見てきた中で、一番美しいよ」
「うおー、マリエルすっげーキレーだ! お姫様みたい!」
「マリエルさん、恥ずかしいみたいですし、購入は止めておきましょうか」
「……これ、買ってもらいます」
「ふふ、お買い上げありがとうございます」
呆然と見つめているだけの渡の態度に、マリエルは羞恥心を感じながらも、嬉しかったのだろう。
サンディのからかいに憮然としながらも、しかしドレスの購入を否定することはなかった。