ウィリアムと応接室を出て、商品売り場に移動する。
そこは最初に応対された店頭のカウンターとはまた別の場所だった。
思った以上に店が広い。
それなりに広い倉庫のような一室に棚が無数に並び、その棚のどれもにぎっしりと商品が詰められている。
ただ、綺麗に分類分けされているからか、雑然とした雰囲気は感じられなかった。
カウンターで客と店員スペースが完全に分断されているのは、店頭と同じ仕組みのようだ。
「へえー、中はこういう感じになってるのか」
「こちらは多量に購入されるお客様が入るスペースであり、同時に当店の在庫を収めた場所です。少額や少量のお客様には基本的に店頭で購入いただいているんですよ」
「はー、なるほど。しかしすごい商品の量ですね」
現代日本で様々な店を見てきた渡でさえ、多少驚きを覚えるほどには商品が並んでいる。
もちろん大型のホームセンターなどとは比べ物にならないが、個人店としてはトップクラスに商品が多い。
雑貨店ということで種類も多岐にわたり、小さな小物から非常に大きな置物の類まであるようだった。
「長年かけて少しずつ集めた商品です。少しでもお客様の要望に応えられるよう、常に入れ替わりつつ、量も増やしていきました」
「うわあ、すごく綺麗……」
「こんなにいっぱいの色、アタシはじめて見たよ」
「エアはこういうお店を利用しないのか?」
「アタシはあまり買い物はしなかったから」
「そうか……。じゃあ今日は楽しもうな」
「うん!」
マリエルとエアが驚いたのは、色彩の豊かさだ。
食器類などは落ち着いたトーンの物が多いが、服や装飾品が並んだ棚は色彩図鑑でも作れるのではないかと思うほど多色に満ちていた。
マリエルも前に言っていたように店舗を訪れるのは経験が少ないらしく、物珍しげに視線を左右にさまよわせ、観察している。
エアに至っては目を見開いて、鼻をヒクヒク、しっぽをフリフリしながら立ち尽くしていた。
「私が商品を用意しても良いのですが、どうせなら妻にお願いしましょう」
「ああ、その方が気兼ねなく相談できるかもしれませんね。ていうかウィリアムさん奥さんいたんですね」
「これでも三児の父ですよ」
「ええ、そうなんですか!? まあ、立派な商会の主ともなれば普通なんでしょうけど」
「みなやんちゃ盛りで可愛い子ばかりですよ」
渡たちの反応に気を良くしたウィリアムは、従業員の一人に素早く呼びつける。
そして自らは伴侶を探しに場を立った。
突然三人になったことでぼんやりと待とうとする渡だったが、エアが嬉しそうに近寄って話しかける。
その目は好奇心と期待に輝いていた。
「なあなあ主、アタシたちの服を買ってくれるのか?」
「そうだぞ」
「こらエア、はしたないですよ」
「なんだ、マリエルは要らないのか?」
「そうは言ってません。……私だって着替えとか新しい服は欲しいです」
「ここで好きな服を買えばいいからな」
「ありがとー主! 大好きだぞ!」
「あっ!」
エアが抱き着いてきて、渡は大いに慌てた。
むにゅっと柔らかな感触に左半身が包まれる。
むにむに、ふよふとと暖かなマシュマロに包まれるような心地よさ。
(うおー、マジやわらけー!)
「好きなだけ欲しいものを買えよ」
「おー、主太っ腹。アタシたち金虎族、甲斐性のある男すき」
「そうかそうか!」
大きなおっぱいに腕が完全に包み込まれていた。
エアの方から抱き着いているのだし、渡は特に抵抗もせず抱き着かれたままにして堪能しておく。
(なんか上手く操縦されてるような気もするけど……構うもんか。どうせ二人には良い物を買ってあげるつもりだったのだ。そう考えればただの役得だな!)
慌てたのは渡ではなくマリエルだった。
主人の渡の心地よさそうな表情を見て、一瞬悩んだあと、反対の腕を取り抱き寄せる。
「もう、ご主人様は節操がなさすぎます」
「え、これ俺が悪いの?」
「そうです。まったくだらしない顔をして……」
「ごめんごめん。気を付けるよ。真面目な顔か。……これでどうだ?」
「全然治ってません!」
「主すごくイイ笑顔してるよ」
(左も右も、気持ちいい……なんだかいい匂いもしてるし)
ウィリアムが人を呼ぶために場を離れてくれて良かった、と思った。
ほんの少しして、至福の時間は終わった。
さすがにウィリアムや従業員を前にしていて良い態度ではない。
そっと腕を振り払うと、すました顔で話をする。
ウィリアムに呼ばれて商品棚の奥から出てきた妻のサンディは、人族のとても色っぽい女性だった。
年の頃は三十代といったところか。
少したれ目が印象的で、自然な笑みが常態化しているような、ふんわりと包み込むような雰囲気がある。
商人として勢いを感じさせるウィリアムとはいい意味で対照的で、お互いを補完しているようだった。
「ワタル様です。大切なお客様ですので、失礼のないように」
「分かりました。初めまして。サンディと申します」
「はじめまして、堺渡です。すごく美人な方ですねウワイテェッ……!?」
「ご主人様、大きな虫がついていましたよ」
「ソ、ソウデスカ」
「フフフ、早速ご案内いたしますね。どうぞこちらにお掛けください」
(別に人妻を口説いたわけじゃないのに……! これはやきもちなのか?)
脇腹に凄まじい激痛が走ったので、涙目で手を擦る。
後ろを振り向くと微笑を浮かべたままマリエルが見つめていて怖かった。
エアはエアでしらっとした目線を向けてきて、どうしてこんなひどい目にあっているのか理解できない。
「ずいぶんと鼻の下が伸びていましたけど、年上の女性がお好みなんですか?」
「主は女好き。おっぱいも好き」
「エア、ご主人様は女の子を二人も囲っておいて、まだ満足できないみたいですよ」
「ち、違う! そもそも俺は結婚してるような女性に色目を使うような男じゃないぞ!」
「どーだか」
ボソボソと言い争いを続けていたが、すぐさま従業員によって椅子が用意されて、渡たちが座る。
さすがに他人の前で続ける話ではない。
気持ちを入れ替えて買い物に意識を切り替えた。
カウンター向こうに立ったサンディが、笑みを崩さずに問いかけてくる。
「ご予算や希望をお伺いしてよろしいですか?」
「俺は適当な服を。質が良くて周りに浮かないものが欲しいです」
「分かりました」
渡自身には、服装に強いこだわりはない。
だが、周囲に対して浮かない方が良い。
できるだけ質の良いものを使いたい。
これらの条件はこの街で活動するのに不可欠なため、判断基準になった。
渡のこだわりのなさがサンディにも伝わったのか、軽い了承が返ってくる。
「マリエルとエア、この二人の服や鞄、指輪やネックレスなんかも良いものがあれば。マリエルは身の回りの世話をしてもらい、エアは護衛として働いてもらう予定です。ああ、あと見れば分かるように彼女は獣人なので、その点も考慮をお願いします」
「なるほど。ではエアさんは動きやすさや尻尾や耳についても重要ですね。普段着ということで良いのでしょうか?」
「ええ。あとはパジャマとか下着もあれば。予算は今のところ制限をかけずに出してください。どうしても難しかったら相談させてもらいます」
「承知いたしました。とても綺麗な方々ですから、着飾りがいがありますわ」
予算無制限と聞いてサンディは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、特に問いただすこともなく頷いた。
ウィリアムからの言葉を聞いていたからだろうか。
しかしお金を気にしなくて良いなんて言葉を使う時が来るとは。
一度は言ってみたかったことを言えて、渡は随分と気が良くなった。