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第17話 砂糖の長期契約②

 渡としては、ここですぐに対価を用意できない点を突き、銅貨一枚でも多くせしめるという手段もある。

 だが、そんながめつい真似はしたくなかった。

 ウィリアムは右も左も分からない自分にとても親切にしてくれた。

 恩を仇で返すような真似はしたくない。


 ウィリアムの資金は、砂糖だけに使うわけにもいかないだろう。

 いろいろな取引があり、その大部分が貴族を相手にしていない庶民向けの商会だ。

 一度に使える資金にも限りがあるはずだった。


 ウィリアムとしてはかなり不本意な願いだったに違いない。

 商品は先払いで欲しいが、支払う金がないというのは、――商人同士なら慣例の一部であるとして――沽券にもかかわることだ。

 それでも貴族との大口の取引を前に、プライドを捨てて実を取った。

 その姿勢を渡は尊重したいと思う。


「俺としてはその契約内容で構いません。ウィリアムさんにはお世話になっていますしね」

「誠に助かります」

「いきなり一〇〇個分の支払いをするのに問題があるようでしたら、一〇個いちおくずつとか二〇個におくずつでどうでしょう?」

「ではお言葉に甘えて、まずは一〇個仕入れさせていただきましょう。これぐらいならば当店の資金と代官から得たお金で余裕を持って購入できます。これを全額仕入れに使いましょう」


 儲けの全額を次の仕入れにつぎ込むのだ。

 相当な入れ混み具合と言えた。

 渡にとっては元手の掛からない安い商品でも、ウィリアムからすれば乾坤一擲の大投資である。

 緊張に顔に汗が吹き出ていた。


「正式に売り先が決まれば、貴族の方からは半額でも前払いで報酬をいただくようにしますので、そこから先は可能な限り現金払い、それでも払いきれない分は次回払いでよろしいですか?」

「俺の方は問題ありません」

「早速、公証人を交えて契約書を作成しましょう。これから必ずや大きな商いになります。王都はもちろん、国中、他国からも買い求める者が出れば、その時は毎月のように数百数千の取引にもなるかもしれません」

「はは。楽しみにしています」

「ワタル様、私は何も冗談や笑い話で話しているわけではありませんよ」

「……本気ですか?」

「砂糖は消耗品ですからね。一度買えば終わりというものではありません。私は十分に勝ち目のある戦いだと思っております。そうすれば我々は一躍長者になりますよ」

「楽しみにしています」


 ストレスも大きいだろうが、夢も大きい。

 口にしているうちに、ウィリアムの顔は緊張だけでなく、興奮が混ざって血色がよくなっていた。

 渡の方は、そこまでの感動はない。

 長年かけて自店舗の拡大に心血を注いでいるウィリアムだからこそ、商売が大きくなる予感に、期待や喜びも一入ひとしおなのだろう。



 この時、商談を見守る奴隷二人の視線には、大きな変化が起きていた。


「なあなあ、マリエル。もしかして主って、けっこうすごい人なのか?」

「そうね。自宅がすごいのは分かっているでしょう? それだけでなくて、商人としてもとても優秀みたい。ウィリアムさんは立派なお店を持っている、遣り手の人よ。そんな商人と、ご主人さまは対等に交渉しているわ」

「へー。優しいし、剣は買い戻してくれるっていうし、アタシたち、いい人に買われたんだなあ」

「そうね」


 背後で二人の交渉を黙って見守っていたマリエルとエアが、小さな声で会話をする。

 ボソボソと響かない声は、商談中の二人の耳にはなんと言っているのか分からないような小ささだ。

 それでも、奴隷二人の視線は、渡を見据えて尊敬の念を滲ませ始めていた。




 ウィリアムの言葉通り、急いで契約が成立したことを保証する公証人が呼ばれ、渡とウィリアムの両者に契約書が渡される。

 相変わらず渡以外には読めないサインを記入した。


 本来であれば、買い手の方が立場が上になるものだが、魅力的な商品を持ち込んだことで、ウィリアムはとても丁重に持て成してくれる。

 恩を受けたからにはこちらも相応に返したい。

 これが商人の打算からくるものだとしても、嫌な気分になるわけではなかった。


 早速、渡は鞄に詰め込んでいた砂糖袋をエアに命じてテーブルに並べさせた。

 昨日の今日で気が早いとは分かっていたのだが、万が一を考えて大量に持ち込んでいたのだ。


「こちらが今回の買取額になります。お収めください」

「うわっ、結構重い。それにかなり嵩張りますね」

「私も個人の方を相手にこれだけお支払するのは初めてのことです」


 出された金貨は百枚。

 重さにするとおよそ三キロから四キロ。

 一枚が五百円玉強の大きさがあり、綺麗に袋に並べないとかなり嵩がある。

 相変わらず眩いばかりの光を放っていて、目に痛いぐらいの輝きがあった。


「……これが一億か……」

「主、アタシが持とうか?」

「頼む。でも大丈夫か?」

「問題ない。これぐらいアタシなら軽いぐらい」


 ずしっと長時間持てば腕が痛くなりそうな重量に渡は驚いたが、エアがそれを羽を持つように軽々と持ち上げて鞄に入れたことには、もっと驚いた。

 戦士としての強さは、技術や反射神経によるものだと渡は思っていたのだが、単純な膂力においてもエアのほうが渡よりも遥かに強い。

 獣人としての身体能力は見かけでは分からない、筋繊維や靭帯などの構造的な強度を高めていた。


「次はいつ持ち込んだ方が良いですか?」

「しばらくはお待ちいただくことになります。もし必要であれば、私の方でお声かけさせていただきますが」

「あー……。しばらくはエアの武器を買い戻すために動き回ることになりそうです」


 こちらに定宿を持っていない渡としては、探されても困る。

 曖昧に言葉を濁すしかなかった。


「俺の方から小まめに顔を出させてもらいますよ」

「……承知いたしました。当商会はいつでも来店を歓迎しておりますので、気軽にお声かけください」


 なにやら察したようだったが、ウィリアムはそれ以上突っ込んでこない。

 その距離感が嬉しかった。


 この時、懐が再び温かくなって、渡は気が大きくなっていた。

 前回の金貨一〇枚ですら、奴隷二人を一気に購入する散財をしたのだ。

 今回はその十倍の持ち金がある。

 渡が使い道を即座に考えるのも、ある意味では当然だった。


「あとは、私がウェルカム商会に対して一方的に支払を待つから、余計に問題が大きくなるわけですよね。なら、こちらで欲しいものがあったらそれを購入して相殺するのはどうですか?」

「願ってもない申し出です。ご希望の品はありますか?」

「ちょうどマリエルとエアの服や鞄なんかを揃えたいし、俺個人としてもこちらの物をいくつか欲しいと思ってたんですよ」

「奴隷を買われたばかりでしたね。ただ、それでも相当購入いただけないといけない計算になります」

「現物を見たわけではないから何とも言えませんけど、この際に生活基盤をある程度整えたいと思ってます。だから可能な限り奮発したいと思います」

「では当店自慢の商品をご覧いただきましょうか。ご案内します」


 砂糖一袋で日本円で一千万近くの大金が手に入った。

 今回の取引で一億、そしてこれから継続的に大金が手に入る算段がついたのだ。

 どうせならぱあっ・・・と散財して、必要な物を買いそろえたい。

 奴隷商の所で着せられていたシンプルな服でさえ、マリエルとエアの美しさは際立っている。


 美人美女は素の状態でも元々の素材が良いから見ていて心地いい。

 そんなマリエルやエアの服や下着など必要な物を買って、美人をさらに着飾るのだ。

 一体どれほどの美しさになるのだろうか。


 自分にも何か良いものがあれば思いきって買ってしまおう。


(それに日本で売れそうなものがあれば、それも見つけたいんだよな)


 異世界でしか手に入らない貴重な物を日本で売る。

 そうすれば日本でも大金持ちになって、またこちらに売る商品を色々と仕入れられる。

 渡は実際の商品を見るのが今から楽しみで仕方がなかった。


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