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第16話 砂糖の長期契約①

 ウィリアムが領主代官との取引内容について説明を行う。

 王都でのパーティにて披露を行い、その反応次第では急な取引量の増加が希望される、というものだ。

 砂糖の使い方は幅広い。

 お茶で使うのはもちろんだが、菓子類でも多量に使われているそうだ。


「貴族の方々は非常に性急なことが多く、対応が遅れると私の首がこう・・なりかねません」

「うわ、命がかかってるんですか。無いものは袖を振ったって出てこないのに」

「そうです。あの方々は素晴らしい人もいますが、下々に対して容赦のない方も多いですからね」


 ウィリアムが自分の首に手刀を落とす仕草を行う。

 微笑を交えて努めて明るく話そうとしているが、実態はかなり厳しいのだろう。

 渡はとんでもないことになったと、息を呑んで話を聞いていた。


「つまり、多量の砂糖が必要になる可能性があるということですね?」

「はい。次に砂糖が大量に必要になった時、どれほどご用意いただけるでしょうか?」

「数次第ですが、まあ……一〇〇袋ぐらいですかね」

「ひゃ、ひゃくですか!? 一〇ではなくて?」

「え、ええ。まあ多少運搬には時間がかかるかもしれませんけど」


 日本円の蓄えが厳しくなりそうで、どうにか稼がないと砂糖でさえまとまった量を用意するのは厳しい。

 そんな意味で抑え気味に意見を伝えた渡だったが、これまで表情を笑みで保っていたウィリアムが、この日驚きに目を見開いた。

 とんでもない、まったく予想だにしていない答えを聞いたときの反応だ。


(あー、やってしまったかもしれないな……)


 渡からすれば控えめな数字を伝えたわけだが、こちらの価値では金貨の小山ではなく大山ができてしまう計算になる。


「疑いたくはありませんが、間違いなくご用意できる数字でしょうか?」

「大丈夫だと思いますよ。なんらかの不慮の事故が起きるケースは保障できませんが」

「まあ、モンスターや賊の襲撃は回避しようと思っても、遭う時は遭いますからね。それは仕方ないと諦めもつきます」


(いつお地蔵と祠のゲートが閉じるか保証はない。確約できないのが苦しいところだったんだが、一定の納得が得られたんだし良しとするか)


 渡の想像している問題と、ウィリアムが想像している問題には若干の齟齬がある。

 だが、生じる結果は同じなので、訂正を必要としなかった。

 それよりは、モンスターや賊に襲われる可能性があるという情報を聞けたことの方が大切だ。


(ますますエアの武器の重要性が高まったな……最悪今すぐ棒切れだけでも手に入れたい)


「ふむ、ふむ。それだけあれば間違いなく先方の要求を完全に満たすことができるでしょう。私としても販路を拡大する大きなチャンスです」

「そんなに売れるものですか?」

「ええ。貴族の方々は見栄を張りますからね。もちろんそれも重要な政治の力です。だからこそ支出は惜しまないでしょう。ただ、先ほども申した様に、その対価としてまとめて金貨でお支払するのは非常に難しいのです」


 金を原料に金貨を鋳造する以上、現金の製造量にはおのずと限界が生まれてしまう。

 紙幣でさえ、一億円だと十キロになるのだったか。

 渡としても金貨数百枚を一度に渡されても、重たく嵩張りすぎて持ち運びや保管に悩まされてしまうだろう。


「仕入れについての心配はなさそうですね。そうなりますと、一つ問題があります」

「昨日言っていた、仕入れから売却までの現金の確保というやつですか」

「ええ。砂糖一袋で金貨十枚。今回はそれをはるかに超える商談になるでしょう」


 前回が一千万円の商談とすれば、今回は一億とか十億規模の取引ということだ。

 これまで扱ったことのない大金にまるで実感が湧かない。

 ほんの数日前まで、市府民税の数万円の支払いにも汲々としていたのだ。


「通常はこのように大金の取引を行う時は、商人同士や貴族に限られます。その際はギルドや政府から発行される手形を使うのが一般的なのですが、渡さまは個人で活動されておられますよね?」

「そうですね。この国のどこかのギルドに所属しているわけでもありません。それに手形取引というものを行ったこともありませんね」


 ウィリアムには確定的なことは話していないとはいえ、ある程度の事情は知られている。

 渡は下手に隠して誤解を生むのは避けた方が良いはずだと判断した。


 手形払いとは、いわばいつまでに支払います、という借用書のようなものだ。

 ただし信用本は個人間ではなく、銀行や商業ギルドなどの組織が行う。

 商人同士であれば、手形と手形でやりとりしたりして、現金を持ち歩かなくても大きな商いを続けられる非常に大きなメリットがある。


 手形取引は誰にでも行えるものではない。

 現代日本なら銀行が、この地ならばギルドが資産状況などを勘案して、取り扱って問題なさそうだと判断すれば、取引が行えるようになる。

 ある意味では第三者機関が信用している証になるのだ。


「そうなると商品を私が受け取ってから、それを現金化するまでお待ちいただくには、多少の時間が必要になります」

「手形払いとかいうのは、個人では難しいのですか?」

「いいえ。こちらがお渡しする分には手間はかかりません。問題は手形を現金化するのに、渡さまに時間やお手間をかけさせてしまうことです」

「まあ、それは仕方がないんでしょうか」


 渡であればウェルカム商会が所属している商業ギルドに持ち込んで現金化するのが、一般的な換金方法になる。

 ただしそれは、書かれた期日になってからのことで、基本的には前払いはされない。

 だから、ウェルカム商会からすれば、いついつまでに必ずお金を用意するから、少し待ってほしい、と言っているに等しい。


 もし渡が期日より前に現金化しようと思えば、『手形割引』を使うことになる。

 ギルドに先に現金が欲しいから、回収はギルドに行ってね、という手法だ。

 その分の回収リスクをギルドや換金会社が請け負うことになるので、支払が差し引かれることになるだろう。


 渡が何らかの理由で急に大金が必要になったり、あるいはウェルカム商会が急な経営不振に陥ったなどの情報を得ない限り、わざわざ期日前に換金する意味はない。


 期日までに約束したお金をウェルカム商会が用意できなければ、よく言われる『不渡り』というものになる。

 ギルドからの商会への信用が大きく低下して、融資を断られたり、引き上げられたりと、今後の取引に大きな悪影響を及ぼすことになる。

 だから、今回のケースでは、基本的には手形は無事換金できる。


「渡様がギルドに所属するおつもりはありますか? もし必要ならギルドの方には私から口添えいたしますが」

「今すぐは考えていませんね。信用の面などメリットも多そうなんですけど、もうしばらくはフリーな立場を満喫したくて」

「なるほど……。では、初回の取引については支払いをできる分だけ行い、次回以降も可能な限り現金でお支払し、残る差額はお待ちいただく形でお願いできませんか?」


 ウィリアムは渡の判断を伺うように、覚悟を決めた表情で言った。


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