応接室は見事な細工彫刻の施された椅子があった。
乳白色の素材は大理石のようにも、象牙のようにも見える不思議な色合いをしている。
ウィリアムが客をもてなすために用意した、かなりの逸品だろうことは間違いない。
ウィリアムは渡にお茶を出すと、自分で一口飲み始めた。
いわゆる毒が入っていませんよ、というマナーだが、渡にはそもそも警戒する意識すらない。
出されたお茶を
(紅茶でもないし、不思議な味だな。ハーブティみたいなものだろうか)
お茶と一口に言っても素材は様々で、飲み方も異なる。
爽やかな口当たりと鼻に抜ける香りは心地良かった。
「とても美味しいです。香りが良いですね」
「気に入っていただけて良かった。ここに人によってはジャムを入れたり、砂糖を入れたりと好みによって合わせるのです」
「このお茶は皆さん飲まれるんですか?」
「はい、庶民から貴族まで飲みますよ。といっても庶民で砂糖まで入れて飲むのは、祝い事の日ぐらいでしょうが。それもかなり雑味のある砂糖になります」
おそらくは異邦人である渡に説明するつもりで、あえて出してくれたのだろう。
そういった些細な気遣いがとてもありがたい。
日常生活の微妙な差異や風習の違いほど、うっかりと地雷を踏みぬいてしまいやすいことはないだろう。
手振りで『こっちにこい』と『あっちに行け』は国によって全く逆になるという。
あるいは日本家屋に土足で踏み込めば怒られるようなことを、知らないからとやりかねない。
「ワタル様から仕入れた白砂糖は、この街の代官の方が購入されることになりました。後に王都の貴族たちの晩餐会などで披露されることでしょう」
「昨日の今日で本当に早いですよね」
「品がよく、貴重な物でしたからね。おかげで良い取引ができましたよ。さて、続きはあらためてするとして、ワタル様は今回はどのようなご用件でしょうか?」
「実はこちらのエアの武器を買おうと思ったんですけど」
渡が事情を説明すると、ウィリアムは軽く頷いた。
納得できる所が多いのだろう。
その上で、どうやって手に入れれば良いのか教えを乞う。
ウィリアムは快く協力を約束してくれた。
「私は武器の取り扱いはしていませんので、あくまでも一商人としての考えになりますが、よろしいでしょうか?」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
「考えられる方法はいくつかあります。一つは、この街の鍛冶屋に頼むというもの。武器全般を手掛ける鍛冶屋が、工房が連なる地区にあったはずです」
「そんな場所があるんですね」
「はい。冒険者ギルドに卸している工房もあるでしょうから、多少の在庫はあるはずです」
「工房で現物が買えるのは良いですね」
「ただ物によっては受注してからの生産ですので、少し時間がかかります。また槍なら槍の専門鍛冶といったものではないため、持ち手に合わせた調整は請け負ってくれるでしょうが、出来が劣る可能性もあります」
「なるほど。名工がいればいいんですけど」
「そんな人物がいれば、分野違いの私の耳にでも入っているはずです。商人とは
「そうですか……」
この街で事が収まるというのは、渡にとって利点が大きいかもしれない。
こちらの世界の常識に疎く、生活基盤もない今、一気に活動の幅を広げず、この街を中心に活動するのは悪くない手だ。
とはいえ、あまり品質が良くないのはどうなのだろうか。
非常に高名だったという戦士のエアは、武器にある程度こだわりを見せていた。
とりあえず先に続きを聞いて判断しようと渡は言葉を挟まず、次の選択肢を待つ。
ウィリアムがお茶で口を湿らせた後、説明を続けた。
「二つ目は近隣の街まで足を延ばす方法です。川を船で移動して西に馬車で一日ほど歩いた先に武器鍛冶でそれなりに名の知られた村があります。フィスカルス村と言うんですけどね。品質で言うならこの手段が一番でしょう」
「何か問題があるんですか?」
「受注生産の場合、金額がどうなるか私には分かりません。また私には過去に売買をした経験もありませんから、伝手も頼れません。作る時間が惜しいなら、店先に作り置きされた商品を買うというのもありだと思います」
これは移動の必要がある。
だが、どうせお金を払うなら良いものが欲しい。
武器は身の護りに必要な物なのだから、ここでお金と時間を惜しんで、エアが十分な働きができなかった場合、その代償は自分が負うことになる。
現代の地球でも、日本は世界でもっとも治安の良い国だが、ブラジルなどの一部の国では殺人が横行しているような地域もある。
この世界が日本ほど安全には思えなかった。
そうでなければ、最初に会った時にウィリアムが忠告していないだろう。
渡はちらりと横目でエアの様子を見た。
エアは身じろぎもせず、真剣な目で説明を聞いていた。
天真爛漫そうな姿は鳴りを潜め、戦士としての姿を見せている。
(こういう顔もできる子なんだな……)
「三つ目は川を上って王都まで足を運ぶというものです」
「王都ですか」
「品揃えの幅、品質という点では、もしかしたら王都が一番かもしれません。ただ、店の当たり外れは当然ありますし、値段はさらに高くつく可能性があります。こちらは王都に取引のある商家がありますので、案内を頼むことは可能です」
「ご主人様、その場合は私が場所をおおよそは把握しているので、迷うことはないと思います」
マリエルの補足もあって、こちらも魅力的だった。
王都の観光をできる点や、他にも店を回れる可能性も考えると、ますます良いように思えた。
ただ、高く付く可能性があるということは、同じ金額を出しても一段下の品質を買うことになる。
本当に良い品物を買おうと思えば、とんでもない出費になるか、そもそも商品を買わせてもらえない可能性もある。
また、人の多い不慣れな場所に向かうことで、トラブルに巻き込まれる可能性も必然的に高くなるだろう。
どれもが一長一短があり、迷うところだ。
「とりあえず、私が提案できるのはこの三つでしょうか」
「凄く分かりやすくて助かりました。ありがとうございます」
「お役に立てたなら良かったです」
鷹揚に頷いて笑みを見せるウィリアムに感謝の気持ちを伝える。
わざわざ時間を割いて、自分の売上に繋がらない協力をしてくれている態度は正直に言ってとてもありがたい。
渡は少しの間、お茶を飲んで考えを纏めようと思った。
だが、息をこらして渡の発言を待っているエアの姿を見て、大切なことを見落としていることに気付いた。
これから持ち主になるエアの気持ちを聞いていなかったのだ。
「なあ、エアはどれが良いと思う? 君の考えを聞かせてくれ」
「はにゃにゃ……?」
質問されたエアは、思っても見なかったのか、間抜けな声をあげた。