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第13話 ウェルカム商会の見学

 二回目の訪問ということもあって、渡はウェルカム商会についてより冷静に、詳細に観察することができた。

 前回は事前知識もなく飛び入りで入ったため、見ているようでしっかりと認識できていなかったのだ。


 ウェルカム商会は前方が来客用で、裏通りには搬入口があるようだった。

 馬車留めがあり、荷物の積み下ろしを複数の従業員が忙しなく立ち回っている。

 扱っている商品は干した果物や雑貨、木材、家具や毛皮など多岐に亘るようで、専門店というよりは雑貨店といった趣があった。


「なんか雑多な賑わい方をしてるな」

「そうですね。専門店って感じじゃなく雑貨屋として経営している店は珍しいですよ」

「そうなのか?」

「ええ。各専門店ですと、それぞれの職人ギルドとの付き合いが深まりますから。取引量が増えれば当然仕入れ値を抑えることもできます」

「それをしていないのは何故だろう?」

「店主の方にこだわりがあるんじゃないでしょうか。ゆくゆくは大商人になる、とか」


 マリエルの説明にそんなものかと頷く。

 まあ服は服やというように、現代でも専門店が強いのは間違いない。

 時代や場所が変わっても普遍の真理というものはあるのだろう。

 逆に、最初は本屋から始まって、世界的な雑貨通販店になるケースだってないわけではない。

 そう考えるとウィリアムには頑張って夢を追いかけてほしい。


 商品こそ雑多に積まれているが、敷地内はしっかりと清掃が行き届いていて、淀んだような雰囲気はない。

 忙しさに伴う活気すら感じられた。

 働く人の姿にも横暴そうな姿は見えず、みな元気にテキパキと動いている。

 こうして改めて見ても、この店を選んだ直感は悪い物ではなかったなという気がしてくる。


 ふ、と目線が吸い寄せられた渡は、馬を見て驚いた。


 いま気付いたけど、なんか馬だけど馬じゃない!


 ぶるるる、と鼻を鳴らす生き物は、パッと見は馬と変わらない。

 だが、体の大きさ、そして何よりも小さな角と六本脚から、明らかに渡の知る馬ではないことが分かった。


「ヒューポスですね。その様子ですと見るのは初めてですか?」

「うん。すごいな。とても速そうだ」

「速いし荷物を牽くのも得意。まあ、アタシの方が走るのは得意だけどな!」

「あなたは何を張り合ってるんですか。ヒューポスは荷駄を牽く家畜として重宝されていますね。足が速いので戦や伝令に使われることもあります」


 ヒューポスを見上げるエアは胸を張っていて、見事なスタイルを披露しているが、その態度は子どものようで微笑ましい。

 その横では、マリエルが詳しい解説をしてくれていて、その情報も役に立った。


「なんか俺のことすごく見てくるんだけど、噛まれたりしない?」

「ヒューポスは気に入った人の頭を甘噛みするみたいですね」

「ふーん」

「普通にしていたらいい仔ですよ。私の家がまだ多少裕福だった時は飼ってましたけど、大人しかったです」

「ちなみに肉食?」

「いいえ、草食です。キュルソー人参みたいなものとか、ラタタタット林檎みたいな果物が好物です」

「じゃあ安心かな。ちなみにそれ、俺が食べても美味しかったりするの?」

「うーん、あまり人で食べてるのは見たことありませんねえ。とても大きい食べ物で、大味だと思います」

「アタシの村ではキュルソーをトロトロに煮物にして食べるよ」


 似ているようで少し違う生き物がいる。

 もしかしたら、交配できる家畜もいるかもしれない。

 地球に果物を持って行けば食糧問題の解決とか、高級果物ができたりするかもしれない。


 まあ、どうやってそれを仲介して売れるのか、今はまだ手だてが分からないが。


 渡がそんなことを考えて不用意にヒューポスに近寄ったとき、不意にヒューポスがすばやく口を開き渡の頭をがぶりと噛みついた。


「うええええ、ちょ、く、喰われる!」

「ええ!? どれだけ気に入られてるんですか! ああ、舐めまわされてる!」

「こらっ、はなせっ! 主がビックリしてるだろ」


 ブヒヒヒヒヒ、とヒューポスが声を挙げて、何度も何度も甘噛みを繰り返す。

 激しい痛みはないが、頭がべとべとになる不快感と、頭を食われているという突然のできごとに、渡は一切の余裕がなかった。

 かといって不用意に身動きすら取れない。


 エアがおどろくほどビリビリとした殺気を放ち、ヒューポスの口を掴んだかと思うと、グイっと口を強引に開いた。

 圧迫感が失われて、慌てて渡が身を屈めると、よろよろとその場から離れる。


「大丈夫ですかご主人様!?」

「あ、ああ。おかげでケガはまったくなかったよ。でも、ちょっと綺麗にしたい。べとべとだ」


 マリエルが慌ててヒューポスとの間に立ってくれる。

 うう、べとべとで気持ち悪い……。

 渡が不快感に顔を顰めていると、騒ぎに気付いた従業員が慌てて飛んできた。


「お客様、大丈夫ですか!?」

「ああ、ケガはないよ。でもできたらお湯と拭くものが欲しいかな」

「申し訳ありません。すぐ用意します」


 従業員は手際よく走り回り、あっと言う間にたっぷりの湯が入った桶と、複数枚のタオルを用意してくれた。


「ヒューポスがいくら大人しいとはいえ、普通は初対面でこんなに気に入られることってないはずなんですが……」

「そうなの? じゃあ俺がたまたま気に入られちゃったのが問題だったのかな?」

「おそらくは……」

「主はいい匂いがするからそのせいだな!」

「そうかな? 自分じゃ分からん」


 怪我がなかったからか。

 あるいは渡が苦笑を浮かべながらも怒っていないからか。

 アクシデントに見舞われながらも、和やかに時間がすぎた。




 店の前に戻って、渡たちはウェルカム商店に入店した。

 昨日の今日の来店で邪魔にならないといいけど……。

 と、そんな心配がまったく不必要だと分かるほど、ウィリアムは笑みを浮かべて来店を喜んだ。


「ワタル様、ようこそ当店へウェルカム!!

「やあ、昨日は助かったよ。忙しいのに連日訪れて申し訳ない」

「いいえ、とても良い取引でした。それと……」


 ウィリアムの目がマリエルとエアに注がれる。

 どちらも目を引くほどの美少女で、後ろに控える姿は、見るものが見れば一目で奴隷だと判断するのだろう。


「あの後、推薦に従って奴隷商のマソーさんところに行ってね。二人に働いてもらうことにしたんだ」

「左様ですか。何よりでございます」

「紹介しておきます。身の回りの世話をお願いするマリエル、そして護衛のエアです」

「よろしくお願いします」

「ヨロシクオネガイシマス」

「いや、素敵なお嬢様がたですな。ウェルカム商会の長、ウィリアムです。お二人ともどうぞご贔屓ひいきに」


 マリエルとエアが深く頭を下げて名乗る。

 この辺り、獣人のエアができるのか不安だったのだが、杞憂に済んだ。

 エアも現代日本でも通用するぐらいには丁寧なお辞儀だ。

 なお、奴隷として作法を教えられていたことを、後に教えてもらうことになる。


「マソーさんの店で貴方の名前を使わせてもらいました。とても良くしてもらいましたよ。ありがとうございます」

「お役に立てましたなら何よりです。良ければ奥で話しをしませんか? 私の方も、早速砂糖の売り先が決まりまして。報告させていただければと思います」

「早いですね。お願いします」


 渡が何らかの用事があって訪れたことは理解しているのだろう。

 さりげなく誘ってもらえて、渡も気が楽だった。

 また、部屋を移すということは、ウィリアムが商談相手として不足ないと判断した証でもある。


 砂糖の取引はそれだけ彼にとっては重要だったということか。


 そう判断した渡は、少しだけ肩の力を抜いた。


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