マリエルは起きているのかと部屋を移動した渡だったが、ダイニングで座ったままぼんやりしているマリエルの姿を見て驚いた。
目の下にクマができて、一睡もしてなさそうだ。
一体何をしていたんだ?
不思議に思い少し黙って眺める。
ぼんやりとしていても美女はやはり美しいし、目の保養になる。
Tシャツには胸のあたりで大きな隆起があって、朝日の光を受けて見事な陰影が浮き上がっていた。
まじでおっぱいがデカいんだな。
マリエルは渡の姿を認めると、顔を耳まで真っ赤にして一瞬狼狽えた後、深々とお辞儀をして挨拶をする。
陶磁器のように白い肌なだけに、赤くなると紅葉を思わせるほどに赤々と染まってよく目立った。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。どうした? 顔が真っ赤だけど」
「な、なんでもありません!」
「なんでもないって、その反応はなんでもないとは思えないけど」
渡が質問すると、マリエルは分かりやすく狼狽えた。
こんなにも分かりやすい動揺をしていて、なんでもありませんは通用しないだろう。
怒るというよりは不思議に思えて首を傾げていると、マリエルは観念したのか、顔を手で覆って、ぽつぽつと事情を話し始めた。
「いつ夜伽のお呼びの声がかかるかと思って、緊張して眠れませんでした」
「いや、ちょっと待て。俺は……そりゃ相手をしてくれるなら嬉しいし、まったく考えなかったかというと嘘になる」
そこで一旦言葉を切った。
正直な話、マリエルの反応が少し怖かったというのはある。
買春や奴隷売買は人によって強い拒否反応を示すものだろう。
文化や風習、常識によって許容されるかもしれないが、軽蔑されたくない。
やることをやろうとしておいて身勝手な話だが、この気持ちもまた渡の本心だった。
「だが、俺は買って即日そんなことを強要するような男じゃないぞ。そもそも君たちの生活すら今はままならない状況だろう。安心して過ごせるようになってもらうのが第一だと思ってるよ。……マリエルってけっこうムッツリなのな」
「ち、違います違います! 誤解です! ちょ、し、信じてください!」
「じゃあ、どうして一言も命じてないのに、勝手に誤解して待機してたんだ? もしかして……」
期待していたのか? という言葉を呑み込んだ渡だったが、マリエルは熟れた林檎のような真っ赤な顔で、羞恥に目を潤ませながら必死に否定した。
「深夜にエアが部屋に入っていったのに気付いて、事前に命令を受けていたのかと勘違いしたんです!」
「なるほどな。あれはたしかに誤解されても仕方ない。でも、俺は今の今まで熟睡してたんだよ。エアが寒かったらしくって、勝手に入ってきたんだ。誤解させたなら悪かった」
「私の早とちりでした。申し訳ございません」
「いや、俺こそ悪かった。恥ずかしかっただろうし、マリエルの立場に寄り添えてなかったな。どうか許してくれ」
「……はい」
渡はマリエルの整った顔と流線型の肢体を見て、声が小さくなっていく。
考えがなかったと言えば嘘になる。
なんといっても美少女だ。奴隷なのだ。
日本の法はともかく、異世界なら何の問題にもならないとくれば、ガマンする理由は弱い。
買われた側のマリエルからすれば、渡の考えは分からないのだ。
奴隷の身で拒絶することも難しい。
不安になっても当然だった。
自分のシャツに身を包む女の子の姿は、破壊力が強すぎる……。
できればさっさと昨日の服に着替えて欲しい。
「朝ご飯を食べたらちょっとだけ寝ておきなよ。昼に出かけるから、それまでは余裕があるし」
「ですが身の回りの世話が……」
「そんな貫徹状態でちゃんと働けるのか? それに倒れたりミスされるほうが困る。なによりも、マリエルには健康でいてもらいたいんだ。縁があって俺が買ったからには、君たちには健康で幸せになってほしい」
「ご主人様……。お優しい言葉をいただいて、感謝いたします」
深々と頭を下げられて、渡は溜息を吐きたい気持ちをぐっとこらえた。
身の回りのことを全部任せるつもりだったが、まだそれには時間がかかりそうだ。
これまで一人暮らしで不便も多かったが、同時にすべてを自分で決められる自由も大きかった。
人を使うとは気を使うこと、という言葉を聞いたことがあったが、本当だなと思った。
しかしそうか。
少なくともマリエルはエッチについてももう覚悟しているんだなあ。
どうしよう……。
朝食はパンをトースターで焼いて、バターとジャムを塗って食べる。
コーヒーはマリエルが淹れたことがなかったので、最初は見て覚えてもらった。
味を追求するなら淹れ方も工夫が必要だろうが、ただただ淹れるだけならば見ただけで真似ができるはずだ。
作業自体はそれほど凝っているわけではないし、難しい動作が要求されるわけでもない。
次からはマリエルに朝食の準備をお願いすることになるだろう。
新鮮なバターがいつでも食べられること。
パンがふわふわで柔らかく、調理が簡単なこと。
そういったことにマリエルが驚きを示していたことを、今後なにかに使えるかもしれないなとスマホに記録しておく。
食後はマリエルがソファで眠り、エアももう一度寝ることにした。
渡はライターとしての仕事を少し取りくみ、これから買いそろえなくてはならない生活品について調べ物をして過ごした。
○
同居人が二人も増えるというのは、思っていた以上にお金がかかる。
布団といった家具、食器類に衣服、歯ブラシやタオルといった細々とした物を含めると、買うべきものは沢山要った。
この中で衣服については、
エアの場合、尻尾を出すためにズボンに穴が必要なんだよな。
帽子だったら耳が潰れないように穴が必要だし。
こっちじゃそういうのが難しそうなのだ。
それなら獣人を相手にしている衣服店で買った方が、エアも着心地が良いだろうと渡は判断した。
どうせならマリエルも同じ店で買った方が良いのか。
あるいは、マリエルは別の店で買うという手段もある。
幸いなことに二人の着ていた服は、地球で考えた場合も突飛なものではない。
単色染めで高い物には刺繍が施されている、といった感じだ。
とてもシンプルな作りなものが多いため、地球のデザインでは、物によっては目立ちすぎる恐れがある。
また大きな収入の目処が立っていないため、地球側で高い服を買うのが厳しいという現実的な問題もあった。
これは今後、異世界から地球で売れるものを手に入れたら解決する問題かな……。
気付いていないだけで、商売のタネはいっぱいあると思うのだ。
マリエルやエア、渡の両手には大量の商品が詰められた袋が提げられていた。
食器類や歯ブラシなどの身の回りの必需品については、百円均一ショップとドラッグストアが大いに役に立った。
大量生産、大量消費が可能な現代の面目躍如といったところだ。
「凄いところでしたねえ! あんなにも大量に商品が並べられている商店は初めて見ました」
「凄かった!! アタシ、また行きたい!!」
「ははは。今度また来ような。二人は気になったり、高く売れそうなやつは後で教えてくれよ」
品ぞろえの違いに二人は衝撃を受けているようだった。
特に世間についてそれなりに知っているであろうマリエルの驚きは大きい。
エアは驚き以上に興奮が強そうだった。
耳がピンと立ち、尻尾を振っている。
ゆら、ゆらと揺れる尻尾が気持ちをよく表していた。
しかし、これだけ耳と尻尾が目立つのに、案外だれも聞いて来たりしないんだな……コスプレ扱いされてるんだろうか?
とはいえ興味は惹かれているようで、視線がすごく集まっていた。
いや、視線の理由は耳や尻尾だけではないだろう。
マリエルとエアという異国風の美少女が二人そろって楽しそうにしているのだ。
人目を集めるのは当然と言えた。
百円均一とはいえ、一つ一つの金額が安くとも、大量に買えば出費は嵩む。
若く蓄えももともと少なかった渡にとっては、一日でかなりの散財になった。
大量の商品が羅列されたレシートを目に、眉間にしわが寄る。
財布は薄くなって、ATMでお金を下ろさないといけない。
「ずいぶん買ってしまったな……」
「私たちのためにありがとうございます」
「主、ありがとうごじゃいました!」
「いや、まあ生活必需品ばっかりだし、仕方ない」
「アタシがごほーししてお返しする?」
「こら、エア。軽々しくそういうことを言わないの」
「おお……?」
「はは。またの機会に頼むよ」
女性の身だしなみを整えるのに櫛やブラシを求めたりするのは当然のことだろうし、まさか手づかみで食事を取らせるわけにもいかない。
また仕事をして稼がないと、大変なことになる。
あるいはこの二つの店の商品を異世界に販売するのも良い手だな、と渡は算段を付ける。
そのお金を元手に、向こうでなにか稼げそうな商品を購入して、こちらで販売するのだ。
「またウェルカム商会に砂糖を持って行くか……? それとも別の商品の方が良いかな」
それこそ、マリエルやエアの知識を活かせるかもしれない。
まずは相談してみよう、と渡は決めた。