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第08話 気持ちのいい目覚めと死の危険

 目覚めは心地が良かった。

 なんだか、まるで柔らかなマシュマロに包まれているような、不思議な感覚。


 どことなく甘い香りに包まれて、心が安らぐ。

 なんだろう……。

 うっすらと差し込む光に目蓋を開くと、渡の意識が一気に覚醒する。


 ベッドの上に、自分以外の誰かが寝ている。

 暖かな体温の安らぎに、まだもう少し眠っていたくなる。

 だが、一人暮らしの俺が一体誰と寝るというのだろうか……。


 ぼんやりとした頭で、ゆっくりと渡は目を開いた。

 視界に入ってきたのは、大きな乳房だ。


 渡の頭を抱き寄せるような形で、横向きに寝ているエアが横に寝ていた。

 大きな乳房が顔を覆っていた。

 柔らかな感触はこれが理由か。


「これは……夢か?」


 朝に目が覚めて抱き寄せられている。

 顔が埋まる程に柔らかくて、鼻息がふしゅーふしゅーと音を立てている。


 顔を動かせば、むにゅむにゅとどこまでも柔らかく乳房が形を変える。

 柔らかさと甘い匂いに、下半身の一部がムクムクと硬くなった。


 こんな経験をしたことがなかった渡は、現実感をいまひとつ覚えることができない。

 だが、昨日に奴隷を買ったのだ、ということを思いだした。

 そして、ゆっくりとこの現状が、現実そのものであることを理解した。


 エアは渡が貸したTシャツ姿になっていた。

 薄い布地の下に隠れていた肉体を惜しげもなく晒している。


 女性にしては豊かな骨格に、驚くほど大きな形の良い二つの膨らみ。

 巨乳で売り出しているグラビアアイドルでも上位に入る大きさ。


 だというのに、腰のくびれはコルセットで締めつけられたようで、お腹はほんのうっすらと割れていた。


 そこから発達したお尻と太もものなだらかなラインが続く。

 細長い尻尾がくたりと今は垂れていた。


 ふくらはぎには余計な脂肪は一切なく、足首はキュッと細く締まっている。

 睫毛が長く、眠っているとその整った顔立ちがより強調される。


 虎耳らしい金色の耳が頭の上に立っていて、渡の物音を無意識に拾っているのか、ピクピクと耳だけが動いていた。


 あらためて、人間離れした肉体の美しさだと渡は思った。


「ふにゃ……むにゅにゅ……」


 そんな絶世の美女に抱き着かれて、男としては正直嬉しい。

 なんだったら今すぐ襲いかかりたい。

 だが、反射的に抵抗されたらぶっ飛ばされるんじゃないか……?


 そもそも別の場所で寝るはずだった奴隷が一緒に寝ていたことについては、どうなんだ。

 叱るべきか?

 それにマリエルはどうした?


 惜しみつつも渡は顔を離そうとする。


「うにゅ~? ふにゃにゃ!」

「うわっ、ふぐぐぐ、はなせ……ふごいひはらすごいちからだ」

「そのポテトはエアの!」

ひっはいなにほゆめをみへふんは一体何の夢を見てるんだ


 いまだ夢の中にいるエアががっつりと渡を抱えて離さない。


「いきが……ひぬ……」


 鼻と口が圧迫されて、どんどんと息苦しさが強くなってきた。

 こうなるとハプニングに喜んでいる余裕もなく、渡は柔道の寝技から逃げるような心境で、エアの拘束を振りほどいた。


 その際体のいろいろなところを掴んだ気はするが、一々どこを触ったかは分からない。

 最後の方は視界に星がチラつくほど、朦朧としかけていて必死だったのだ。


「むにゃむにゃ……ポテトぉ……」

「まったく、気持ちよさそうな表情しやがって……。くそ可愛いじゃねえか」


 エアは渡が離れたことにも気づかずに、ぐっすりと熟睡を続けている。

 そんな姿を見ていたら、渡は息を切らしながらも、怒る気にはなれなかった。

 それほど無防備で愛嬌のある寝姿だった。


「しかし、奴隷が主人を害せないとかって話はどうなってるんだ。もう少しで死ぬところだったぞ」


 もしかしたら無意識なら作用しないなどの抜け道があるのかもしれない。

 あるいは不慮の事故を装った主人暗殺事件とかも起きたりするのだろうか。


 深呼吸して頭をハッキリさせて、ベッドから起き上がる。

 時計を見ると朝八時十分。

 格闘していた分、いつもよりも十分遅い起床時間だった。




 怒りはしないが、寝たままにしておくのは別問題だ。

 渡はエアを起こそうと体に触れた。

 あらためて冷静になって触れると、ぷにぷにとした肩の柔らかさ、その奥のしなやかな筋肉の弾力にドキッとした。


 女性らしい柔らかさと、戦士の硬さ。

 長らく女性に触れていなかった経験のなさに、心臓が高鳴る。


「おい、起きろ。朝だぞエア」

「ムニャ……おぉ? あるじ~」

「おわっ!?」


 寝ぼけ眼で欠伸をしたエアが、再びうつらうつらとしたかと思うと、渡にもたれかかってきた。

 ふにゅふにゅっとどこまでも柔らかな弾力に顔を包まれて、そのまま意識が溶けそうになる。

 ああー、マジ気持ちいいんじゃあ。


「……って、違う! エア起きろ。朝だぞ」

「あうー、ねむいー」

「低血圧か? そもそもエアはどうしてこっちで寝てるんだ」

「んあ~。寒かった……から、だと思う」


 ああ、スマンな、と渡は謝った。

 暑いだろうと思ってエアコンを入れていた。

 最初は涼しいと喜んでいたエアだが、睡眠時には寒すぎたのかもしれない。

 男性と女性で寒さへの耐性は結構違うというし。


 それに一切の予定なく二人を購入したせいで、着替えを買う間もなかったのだ。

 結局、奴隷として購入した時の服は外出着として使い、今は渡の部屋着を一時的に渡していた。

 といっても夏ということもあり、上はTシャツ一枚だ。

 渡より頭ひとつ身長の低いエアにはダボTといった感じで、起き上がると太もものつけ根ぐらいまで隠れていて、むっちりとした太ももが露わになっている。


「そういえばエア、ズボンはどうしたんだ」

「んにゅー……あれ、尻尾が窮屈だから脱いだ……」

「あー、そうか。これから服買う時はその辺りも考えないといけないんだな」


 Tシャツが捲れればショーツ一枚か。

 よこしまな想像が思い浮かんでしまうが、気持ちを切り替えた。

 こんなことをしている場合じゃない。


 話をしている最中にも、エアはうつらうつらとして、今にも寝落ちしてしまいそうだった。

 ネコ科の動物ってめちゃくちゃ寝ている時間が長いイメージがあるし、エアもそんな影響を受けているのかもしれない。


「ほら、顔を洗って服を着替えて。朝めし準備するからそれまでに用意しておけよ」

「ふぁい…………」


 むにむにと口を動かし、とてとてと歩くエアの姿を見て、一体誰が一流の護衛だと思えるだろうか。

 俺には可愛らしい普通の女の子にしか見えなかった。


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