店の中は大きなホールが最初に目に入って、正面にカウンターがあった。
立派な大理石の美女の彫像が立っていたり、美しいシャンデリアが吊るされていたりと、内装がとても豪奢だ。
ムキムキの黒人とか、あるいは美人な女奴隷がいるのだろうか。
夜のご奉仕、なんて……。
安直な妄想にムフフ、と鼻息が荒くなるのを堪えながら、渡はカウンターに立つ女に目をやって、驚いた。
「いらっしゃい。アラ、素敵なお客様ね?」
そこにはめちゃくちゃデカい女性がいた。
ムキムキの二の腕や肩がボディビルダーやレスラーのように発達していて、濃い化粧をしている。
目力がすごく、温和そうなウィリアムと違い、武人のような威圧感を覚える女性だった。
渡がウィリアムからの紹介状を手渡すと、女が笑みを浮かべる。
「ワタクシはマソー。どういう奴隷がお求め?」
「身の回りの世話と護衛ができる奴隷って、どれぐらいしますかね?」
「お客さんは運がいいわあ。丁度いい商品を仕入れたばかりなのよ。本当は一見さんにはお見せしないんだけど、アナタはウェルカム商会からの紹介みたいですしね、特別ですのよ?」
バチコン、とウインクを飛ばされて、渡は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
だが、好意自体はとてもありがたい。
カウンターの両横にある階段を昇り二階に移動する。
ガランとした一室に案内されると、早速奴隷の紹介が始まった。
マソーの指示に従業員が素早く動き、奴隷が入室して立ち並ぶ。
比較的若い男女で、体格のいいものが集められたようだった。
「ある程度護衛もできて、メイドとして身の回りの世話もできるおススメなのはこの娘よ」
「マリエルです。よろしくお願い致します、ご主人様」
マリエルが頭を下げる。
めっちゃくちゃ綺麗だ……。
輝く銀の髪。宝石のように煌めく大粒の瞳。
薄い唇は発色がよく、歯並びが綺麗で自然な笑みを浮かべている。
染み一つない肌は興奮にかわずかに紅潮していて、渡の目をじっと見つめていた。
「元々教育も受けてるし、素行も悪くない。何より見た目も良いでしょう?」
「そうですね。こんな美人がいるなんて思ってもいませんでした」
「あら、ありがとうございます。その美人を購入して、自分の所有物にしていただけませんか?」
「そ、そうだな……。前向きに考えるよ」
スタイル抜群だしな。
美しいのは顔立ちだけではなく、スタイルもだった。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
脚が長く、腰の位置が高い。
カリカリに絞ったモデルよりは、レースクイーンやラウンドガールのようなスタイル。
こんなスタイルだったらズボンを買っても裾上げが必要ないんだろうな、なんてことを渡は考えた。
少しだけ羨ましい。
おまけに口も達者ときている。
美人美女を所有する。
そんな独占欲を刺激されて、妄想が膨らむ。
思わず即決で購入を決めてしまいそうになった。
マソーが次の奴隷を紹介する。
渡の目を引いたのが、頭の位置にぴょこんと立つ猫の耳のようなものだ。
コスプレやイラストなどでしか見たことのない外見に、どうしても興味が引き立てられた。
「この娘は金虎族という獣人で剣技も収めてるの。見目も良いし腕はベラボウに立つわよ。護衛としては一推しですわ」
「アタシはエア、です。剣の腕なら役に立てます。これでも皆伝、です」
「獣人だから耳も鼻も優れてるし夜目も効く。まあ口の利き方はともかく、護衛にはもってこいなの。可愛らしい見た目だけど、これでも闘技場の歴代最強の王者として活躍してたそうね」
「アタシは一族でも一番の戦士でした」
取りたてて誇るという訳ではなく、強さを当然の物としてとらえているエアの態度は本物だろう。
細くくびれた足首としなやかな下腿は、とんでもない瞬発力を想像させる。
なんでも金虎族は獣人の中でも戦闘力が高いことで有名で、護衛や傭兵仕事などで生計を立てている者が多いようだった。
「そんな強い選手がどうして奴隷に?」
「勝ちすぎて賭けにならず、胴元が損をこいちまったそうよ」
「なるほど。勝つか負けるか分からないから賭けが成立する訳ですしね」
ふと湧いた疑問にもマソーは適切に回答してくれる。
不審な様子もないし、本当なのだろう。
となると、奴隷を購入するにあたって心配になってくる点は一つ。
「……そんなに強い奴隷って、裏切ることはないんですか?」
「ないわ。奴隷には魔術的に契約紋が刻まれてる。命令の不服従は苦痛だし、意図的に殺傷した場合には自分が死ぬようになってるの」
「なるほど。そういう技術が……。なら安心ですね」
「とはいえ、何事も絶対はないから。最初から恨まれるような使い方は避けることをお薦めするよ」
渡が一番心配したのは、自分の特殊性を言いまわされる事だ。
恨まれるような関係性になるとは思えない。
(じゃあ、地球とここを行き来できることを黙るように命令しておけば安全かな)
そんな算段をつけている渡に、マソーは商品の説明を続ける。
「それに見た目も綺麗でしょう? 見てこの体つき。同じ女として嫉妬しちゃうわ」
「ええ。先ほどの女の子とまた違う美しさがありますね」
(アンタはムキムキのボディビル体型でタイプが違うだろうが)
マソーの発言の一部には異議申し立てたい渡だったが、それを口にしないだけの分別はあった。
金虎族というだけあって、輝くような金の長い髪が腰元まで伸びている。
驚きなのはグラビアアイドルだって滅多に見られないような大きな胸だった。
しかも獣人ということもあって強靭な筋肉や靭帯に支えられているのか、美しい位置を保って突き出ている。
それでいてネコ科のしなやかさを思わせる腰や足首の細さ、引き締まった太ももやお尻のラインなども、肉欲と健康美を見事に両立していた。
その後、並んだ奴隷の説明が続いたが、マソーが最初に言ったように、最初の二人と比べると一段も二段も落ちるものばかりだった。
「どうします? この二人は基本的にすべての権利を売られているの。貴方が抱きたいと言えばすぐに体を差し出すわ」
「そ、そうなのか……」
「二人とも金貨五枚。今すぐ二人とも買うなら金貨九枚と銀貨四枚で売りますわ。キープはできないから。他に欲しいっていう客がいたら、もうこの女たちは他の客のものよ」
希望の篭もった目で渡を見つめる二人の奴隷。
金はある。大金なんだろうけどあぶく銭。その気になれば補充はできる。
渡は頭の中で計算する。
(こんな美人に仕えてもらえるんだ。チャンスだろ?)
(他の男に取られてしまう……? いやだ!)
一番の決め手になったのは、独占欲だった。
一目見て、少し言葉を交わしただけにも関わらず、もうすでに心が惹かれていた。
ここで逡巡して、手に入らず後悔するのか。
それともあぶく銭を散財して後悔するのか。
問いかければ、渡にとって答えは一つしかなかった。
「か、買います!」
「ありがとうございます。きっとお気に召すと思うわあ」
にやりと笑う奴隷商の態度に、してやられたと思う。
だが、不思議と後悔はなかった。