店を出て、渡の表情に笑みが浮かんできた。
「すげえええ、一日にして大金持ちになっちまった!」
リュックサックを確かめる。
ずっしりとした重みだ。一枚一枚の金貨がこれほどまでに重くなるのか。
皮袋の中には日本円換算で数千万円にもなる金貨が入っている。
スーパーで買った大手の砂糖袋一つでこの値段だ。
日本から売れるものなど、まだまだ大量にあるだろう。
ウェルカム商会にまた買い取りを頼むのも良いし、別の商会に持って行っても良い。
なんだったら目端の利く人物を雇って、こちらに店を構えるという方法もある。
「こっちの世界ならこのまま大富豪になるのも夢じゃないな」
現実的な未来予測に、不審者みたいになると分かりながらも笑みが抑えられない。
道行く人々が渡を見て先を譲っているが、それすら気付く余裕もなく、渡はにんまりと笑みを浮かべながら歩いた。
せっかく大金を持ったんだし、こっちで欲しい物がないか見てみるか。
表通りなら大丈夫みたいだし、裏通りだけ気を付けよう。
あらためて街の景観を確かめてみれば、視界に占める空の割合がとても高い。
建物の高さがどれも二階建てぐらいしかなく、渡の住む大阪市内のようにマンションやビルといった高層建築物がないためだ。
見晴らしの良い丘や山の上からなら、街の全景がよく見えるだろう。
通りは馬車が行き来し、石畳が敷かれているが一歩裏通りに入れば土道が延びていた。
オレンジ色の建物が多いのは、土の色合いの関係だろうか。
表通りにはウェルカム商店のような店内の入る店よりも、路上にテーブルが置かれて、その上に商品が並んでいることが多い。
日よけ雨よけの庇の下に、色とりどりの食べ物や物品が雑多に並べられている。
日本で言えば夏祭りや正月に並ぶ屋台のような雰囲気で、買い物客のごった返す様には活気があった。
「食べ物はかなり気になるな。見たことないやつばっかりだ。どれが美味しいんだろう?」
果物屋や香辛料、スープ売りに炒め物の店などが立ち並ぶ。
異国の食べものは手を出すのが少し怖い。
お腹を下さないかという不安と、味わったことのない未知の美味を得られるかもしれない期待。
遠巻きに店を眺めながら歩みを続けていたが、ぷんと漂ってきた肉の良い匂いにつられて足が止まった。
帰宅後に食事を取るつもりだっただけに、お腹がペコペコだった。
食欲を刺激されて、途端に空腹が我慢できなくなってきた。
「うわっ、マンガ肉だ! 初めて見た!」
「へい兄ちゃん、買ってくかい? 見てこの肉の色合い、美味いよ!」
「これ何の肉なんですか?」
「へへっ、こいつぁガンラルっていう獣の腹の部分さ。噛み応えはあるけど肉汁が甘くってとんでもなくうめえ。ただ焼くだけでも美味いこの肉を、粗塩で擦って特製のタレで味付けしてるんだ」
マンガ肉? と不思議そうな肉屋の店主に愛想笑いを浮かべて、渡は肉を見た。
骨にたっぷりと乗った肉はテラテラとタレに輝き、よく焼けている。
皮からは滴るほどの脂を感じさせて見るからに美味しそうだった。
甘く香ばしい肉と油とタレの合わさった匂いによだれが湧きあがる。
火が通っているなら、食中毒の心配も少ないだろう。
「大きくてかぶりつくの大変そうだな……」
「買ってくれるんなら切り落とすよ」
「それじゃあ、いただこうかな」
「毎度ー! 銅貨3枚だよ」
ナイフで上手に肉がそぎ落とされ、手渡された。
すぐ隣に用意されていたベンチに腰掛けた渡は何の肉だろうかと考えながら口に放り込む。
じゅわっと肉汁が口の中に広がって、不安も忘れて口内の幸福を噛みしめた。
「うっまぁい! 爽やかな酸味とプルプルの食感、お肉の旨味に脂の甘さが合わさって……!」
「へへ、そうだろ。あ、食べ終わったら皿はそこに置いといてくれ」
嬉しそうに笑う店主に頷いて、後はもう夢中で肉を食べた。
「ごちそうさま!」
「おう、良い食いっぷりだったな!」
「美味しかったよ!」
店主の横には盥が置かれていて、そこに他の客も食べ終わった皿を重ねていた。
だいぶ満たされた腹をさすりながら、満足げに笑って渡は次の店を物色する。
「いやー、美味かったな。正式にこっちでしばらく暮らすのも悪くなさそうだ」
手当たり次第美味しそうな店を巡るだけでも楽しめるだろう。
「飯食うのは良いんだけど、護衛を雇うか奴隷を買えって言われたんだけど、奴隷を買ったら住む場所も確保しないといけないんだよなあ」
「最悪自宅に住んでもらうこともできるけど……」
「一人暮らしだから、どうせなら家事とかしてくれるほうが嬉しいな」
「まあ見るだけならタダか。価格も分からないし調べてみよう」
店の場所はウィリアムからすでに聞いている。
なんでも一目見たら忘れられない奴隷商の店らしい。
中々に濃いキャラをしているが、商品は確かだから安心して良いと教えてもらった。
街中を流れる川沿いの立派な三階建ての建物で、涼しげな藍色の旗が立っているから一目で分かる、と教えられていた。
見てみればなるほど、たしかにすぐに分かった。
店構えが屋台の店とは全然違って、大きな窓や立派な門など、外観からして一味違う。
門の両脇にはガードマンが立っていて、長い槍を立てていた。
「ここが、あの
ガードマンたちは異国風の変わった服装をした渡に厳しい視線を向けてきたが、かといって排除や拒絶しようともしなかった。
門前払いされそうになったらウィリアムの名前を伝えれば良いだけだが、武器を持っている相手に堂々とした態度でいるには度胸がいる。
渡は奴隷という言葉にドキドキしながら、店の扉を潜る。