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第03話 商談締結

 金貨の山にビックリした渡は、しばらく時を止めていた。

 目を見開いて、ゴクリと唾を呑み込む。


 黄金の煌めきはキラキラというよりも、ギラギラしい。

 眩しいほどで、ふだん金の塊を見たことのない渡には魅力的に過ぎた。


 魅入られる、という表現が相応しい。


 だが商人のウィリアムも、交渉が決裂しないかと不安になったのだろう。

 表情に焦りを浮かべ、伺うように判断を求めてきた。


「……いかがでしょうか? これ以上となると、さすがに当店での取り扱いは厳しくなりますが」

「あ、スミマセン。ちょっと考え事をしてしまっていました。見ての通り、このあたりの人間ではないので正直にお聞きしますが、この金貨の貨幣価値ってどれぐらいになりますか?」

「ふうむ。価値。……一般的な職人の年収が金貨五枚ほどでしょうか?」

「そんなに?」


 えっ、じゃあこれって貰いすぎじゃね?

 だってスーパーで数百円の砂糖が、こっちじゃ一千万とかだろ?

 ますます言葉を失って驚く渡だが、その表情は眉間に皺が寄り、悩んでいるようにも見える。


 ウィリアムが買い取り価格を決めた判断を伝え始めた。

 少しでも真面な取引だと信頼を取りたかったのだろう。


「はい。これだけ純度の高い上等な砂糖となれば希少価値も高く、一般的な相場よりも多少上乗せさせていただきました。販売先としては貴族や大手の商会になるでしょうか。直接渡りをつけられればもっと高額で売れる可能性もありますが、交渉の伝手や実績も求められます。他の商会に持ち込まれても当店より高値を出せるところは限られているでしょう」

「分かりました! じゃあこちらでお願いします!」


 交渉成立。

 高く売れるならば問題ないのだ。

 下手に事情を話して値切られてしまう可能性は避けたい。


 ガシッと渡はウィリアムと握手する。

 つい頭を下げて終わりにしかかったのだが、直前で気付いて取りやめた。

 慣れない握手だったが、悪い気はしなかった。


 これで俺も大金持ちか。しかも砂糖なんていくらでも手に入るし、なんだったら別の食材を持ち込んでも良いな。


 カウンターに置かれた砂糖が奥へ移され、代わりにお金が渡へと手渡される。

 にんまりと、渡の顔に笑みが浮かび上がった。


「それじゃあ使いやすいように一部は銀貨と銅貨に分けておきますね」

「あ、ありがとうございます。助かります」

「いえいえ、良い商売になりました」


 皮袋に金貨をこんもりと入れていくウィリアム。

 口を紐で縛ってパンパンに膨らんだ金貨を受けとったが、ずっしりとした重みに驚いた。

 金を材料に使っているのだ、考えてみれば重いのも当然か。

 苦笑しつつ、リュックサックに入れる。 


「あと、非常に失礼ですが、お客様はお一人ですか?」

「そうですけど。どうかしましたか?」

「本来立ち入ったことはしませんが、あまりにもこの辺りについてあまりご存知でない様子」

「そう、ですね。分かりますよね……」

「はい。商談をする前から、うっすらとは分かりました」


 お上りさんのような態度を取っていたのだ。

 歴戦の商人であれば一目で見抜くだろう。

 それが分かるだけに、ウィリアムの言葉にも渡は驚かなかった。


「どうでしょうか。良ければこれもご縁です。当商会の伝手が必要でしたら、お世話させていただきますよ」

「良いんですか?」

「もちろんですとも。気になさるようでしたら、また次回の取引に少しばかり還元していただければね、私も嬉しいものです」

「……うーん、それでも助かります」


 冗談交じりな提案だったのだろうが、渡はそれを本気で受け止めた。

 右も左も分からない状態なのだ。


 最初の生活基盤を得るのは、とても重要だ。

 ビザもパスポートもなく、どこに警察や病院があり、どの程度のサービスを受けられるのかすら分からず海外旅行をしているのと本質的には変わらない。

 情報は何よりも大切だった。 


「今後も当店をご利用いただくわけですしお伝えしますが、まずは護衛を雇うか、奴隷を購入される事をおススメします。このあたりは治安もしっかりしてますが、裏通りなどは危ないですし、お客様の御召し物はとても目に引きますので」

「わ、分かりました。わざわざありがとうございます」


 そんな危ない所にいたのかよ。これは海外旅行をしているぐらいには注意しておかないといけないな。


 まだこちらに来たばかりだが、身の危険が迫っていると言われれば不安にもなる。

 このまま街の探索を続けるつもりだったが、大丈夫なのかと心配になった。


 海外でもひったくりやスリにあう日本人の話は耳にしたことがある。

 アフリカ大陸などでは凶悪犯罪が多発する地域があり、外務省が警戒を呼びかけていることもある。


 それよりも治安の悪い世界ではない、という保証はなかった。


「こちらに来たばかりでしたら、日払い、月払いの住居も信用できるところをご紹介できますよ」

「そうですか……。ちょっと考えさせてもらいます。必要そうなら相談させてください」


 ゲートをくぐって日本に戻り、荷物を全部自宅に持ち帰るという方法もある。

 即決は時期尚早だろう

 そう思って断ったわけだが、ウィリアムに気にした様子はなかった。


「もちろんですとも。場所だけでも先にお伝えしておきましょう。私の名前を出せば、悪いようにはしないでしょう」

「何から何まで配慮していただいて助かります」

「次はいつ砂糖をお持ちいただけるでしょうか? 可能でしたら一月以内ですと助かります」

「十分可能ですよ。なんだったら明日とか持ってきましょうか?」

「あ、いえ……さすがにそれは。販売して現金化するにも少々お時間がかかりますので」


 元手がほとんどかからないのだ。

 こちらの世界との行き来さえ可能なら、明日と言わず今日急いで戻ってもいいぐらいだったが、ウィリアムは表情を驚きに満たしていた。


「そっか。高額商品ですもんね。失礼しました」

「まだまだ在庫はあるのか……。真っ当な値をつけて正解だったな……。良い商いでした。またのご来店を、いつでもウェルカアアアム」

「もしかしてそれ、お客さんが店を出るたびにやってるんだろうか?」

「当然です。当商会のシンボルですから」


 ぼそぼそと呟いたあと、愛想よく大きな声を張り上げるウィリアムに、渡は苦笑いを浮かべる。

 だが、渡の質問に、ウィリアムは満面の笑顔で応えたのだった。


 良い人だが、少し変わってるな。

 渡はその考えを口にすることはなかった。

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