テュールが消滅すると同時に、レースコース全体が崩壊し始めた。足元の空間が割れ、逢魔は空中へと放り出されてしまう。憑依の反動で体が動かなくなり、落下していく逢魔は、絶望感に包まれていた。
「あ、これやばいかも…」
だが、その時、箒に乗ったロジーナが急降下し、逢魔を空中でキャッチした。
「ナイスキャッチ!って、キャッチしたのは私か!」ロジーナが叫ぶ。
逢魔はぎりぎりでロジーナの手を掴み、彼女の箒にしがみついた。
二人は無事に空中で体勢を整え、崩壊するレースコースから離脱した
「いやぁ、今回はマジで死ぬかと思ったよ、ありがとうロジーナさん」
「死ぬまでご飯おごってもらうから問題ないんだぜ」
「…あと2年、僕の財布持つかな」
「神に祈るしかないな。さっき倒しちゃったけど」
軽口を叩きながら箒に乗って飛んでいると、ロジーナはふと、母親の言葉を思い出した。
「魔女は誰かを箒に乗せたら、飛べなくなるのよ」
記憶のなかでおぼろげに母親が言っていた言葉の意味が、今になってやっと理解できた。
きっと、物理的に飛べなくなるのではなく――「大切な存在」のために無茶を控えるようになるということだろう。
「ふふふ」
「何笑ってるのさ」
「…母親って偉大だな!」
ロジーナは、逢魔をしっかりと支えながら飛び続けた。
二人が飛んでいるうちに、前方の空が次第に明けてくる。漆黒の闇が少しずつ薄れ、明るい光が彼らを包み込み始めた。
「寝てないのに夜が明けちゃったよ…」逢魔がぽつりと呟いた。
ロジーナは静かに笑いながら、新しい朝を迎えるように飛び続けた。
◆ ◆ ◆ ◆
テュールとの死闘を終え、疲れ果てたロジーナと逢魔は、箒に乗って地上へと戻っていた。夜明けが近づき、空が薄いオレンジ色に染まりつつある。二人は戦いの疲れを感じながらも、勝利の余韻に浸っていた。
「帰ったら、とりあえずお茶でも入れてやるんだぜ」
「そういえば、ロジーナさんの部屋に泊まるんだったね。なんか色々とありすぎて、忘れちゃってたよ」
「でも、手続き通りなら明日くらいには学生寮に入れるかもな。まぁ、この騒ぎだからあんまり期待できないけど」
二人は穏やかな空気の中、地上へと降下していく。しかし、ロジーナがふと遠くを見やると、一部の建物が異常な形で崩壊していることに気づいた。
「…あれ?」
ロジーナが間の抜けた声をあげる。その崩壊した部分は、レーザービームの攻撃で破壊された跡だった。
「まさか…頼朝君を狙ったビームが…」
逢魔もその異変に気づき、表情を曇らせる。
「ロジーナさん、あの建物って」
「…男子寮なんだぜ。見る影もないけど」
ロジーナと逢魔は無言のまま、その崩壊した学生寮を見つめる。二人は静かに寮の近くに着陸し、崩壊した場所へと向かって歩き出した。
崩壊した寮の跡地には、瓦礫が散乱しており、かつてそこにあった部屋の面影はほとんど残っていなかった。逢魔が住むはずだった場所――彼がまだ入寮する前に、偶然にもテュールの罠によって破壊されてしまったのだ。
「嘘でしょ…」
逢魔は膝から崩れ落ちた。
彼の声が震えているのがわかった。ロジーナはそっと逢魔の肩に手を置く。
「でも、今ここにいる。逢魔は無事だし、私たちはテュールに勝った。それが全てだぜ」
「そんなぁ、僕の夢の学生寮生活がぁ…みんなでご飯を食べて、夜更かしして、一緒に勉強して…」
「草薙、もういいんだ、お前は良く頑張ったよ。うっ、なんだか私も涙が…」
そんな三文芝居を続けていると、二人に近づく足音が聞こえた。
「何やってんだお前ら」
「頼光君!」
呆れた顔をしていた頼光だったが、二人の顔をみるとため息をついて、その場に座り込んだ。
「こっちは心配したんだぞ、テュールが出したものがいきなり全部消滅したから、勝ったんだとは思ったんだけどな。全然お前らが帰ってこないから、一緒に消えちまったんじゃないかって」
「ご、ごめん頼朝君。みんなのところに帰ろうとしたら、学生寮が崩壊しているのが目に入って。せっかく引っ越す予定だったから、すごく気になっちゃって…」
逢魔はロジーナの部屋に帰ってお茶をしようとしていたなんて、口が裂けても言える状況ではないと思った。
「まぁ、無事だったから良いけどさ。結局、勝ったんだろ?」
頼光は、はぁーとまたため息をついて、立ち上がった。
「おかげさまで。みんなのおかげで何とか勝てたよ」
「本当に、二体も堕落した神を倒しちまうなんて、どうかしているぜ。…今日は疲れているから、とりあえずは休んで、また話を聞かせてくれよな」
そういって、頼光はぐーっと伸びをする。
「そうしてもらえると、すごく助かるよ。…帰るところがないんだけど」
「草薙は私の部屋に泊まれるから、大丈夫なんだぜ」
「俺も寝る場所探さないとな。この分だと俺の部屋もバラバラだろうしな」
「ごめんだけど、橘はウチの部屋NGなんだぜ。ごめんだけど」
「なんで二回言ったんだよ、こっちもお前の部屋なんか行く気はねぇよ!」
「じゃあ、帰ろうなんだぜ、逢魔」
そう言って、ロジーナさんが僕の手をとって歩き出す。
意気揚々と歩くロジーナさんは、思わず見惚れてしまうような綺麗な笑顔だった。